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#3 兼業生活「どうしたら、自分のままでいられるか」〜辻山良雄さんのお話(1)

最初にお話を伺ったのは、東京・荻窪でTitleという本屋さんを営む、辻山良雄さんです。参考にしたのは、辻山さんのご著書『本屋、はじめました 新刊書店Titleの冒険』増補版。ここには、辻山さんの幼い頃の本への愛着から始まり、学生時代の本との出会い直し、そして書店員として働き、自分のお店を持つまでの「個人的な仕事史」が書かれています。

この本に限らず、私は辻山さんの文章を読んで涙ぐんでしまうことがしばしばあります。たいていそれはエッセイや本の紹介のような短い文章なのですが、考え抜かれた端正な言葉遣いに触れると、「多くの本を血肉にしてきた方は違うなあ」と感じます。インタビュー初回で力が入っていた私に対して、辻山さんは淡々と、でもとても大切なことを伝えてくれました。インタビューの流れはほぼ変えずに掲載していますので、よろしければどうぞ(全4回の記事です)。

つじやま・よしお
1972年、神戸市生まれ。 97年早稲田大学政経学部卒、リブロ入社。2015年に退職し、16年1月に東京・荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店「Title」を開店。新聞や雑誌などでの書評、カフェや美術館のブックセレクションも手掛ける。著書に『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』(幻冬舎)、『本屋、はじめました 増補版』(ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新書)。共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)。

人の話はあまり聞かない

室谷 個人的な取材を受けてくださり、ありがとうございます。雑誌とかwebサイトの取材じゃなくて申し訳ないです。

辻山 いえ、大丈夫ですよ。

室谷 私はシンクタンク出身で企業取材の経験が多いことから、独立後も経営者インタビューをはじめ、ビジネス系のライターをメインでやってきました。一方で、Titleさんにも置いていただいているリトルプレス『大人ごはん』を作るようになって、いわゆる暮らし系のメディアでも仕事をいただくようになりました。それで今は、たぶんライターとしては珍しいことですが、全く異なる2つの分野で仕事をしています。

私、それぞれの分野で取材する時は、別人格になるんです。ビジネス系と暮らし系では使う言葉も違うし、価値観、ロジックも違うから。ビジネス系で良しとされる合理性や効率の追求が、暮らし系では否定されるとか。逆もあって、暮らしを丁寧にするにはある程度のお金がないとできませんよね。それなのに、暮らし系のメディアではお金について触れるのがタブーっぽいなと思ったり……。

辻山 はい、はい。

室谷 あとは出産後、視点が一気にミクロになったことも今回の企画に影響していると思います。日常のほとんどを占める家族やママ友との会話は、「どの小児科がいい」「オムツはこの店が安い」といった超ミクロな話題です。反対に大企業の経営ってマクロな話が多いので、グローバル経済について伺いながら、遠い宇宙の話みたいに聞こえることがあって。「あれ、いつから会社と生活ってこんなに距離が離れたんだっけ」と思うようになりました。「もう少し、両方を近づける方が生きやすいんじゃないかな」とか。このことについて、いろんな方にお話を伺いながら考えていきたいなと個人的に思い始めて。それで、今日はその1回目なので……。

辻山 あ、1回目ですか(笑)。

室谷 はい。だから自分の中でまだ全然やり方が見えていなくて。

辻山 でも、そういう室谷さんの「旅」が始まったと思えばいいんじゃないですか。今は行き先が見えてないかもしれませんが、いろんな方のお話を聞きながら、道ができていったらいいですね。

室谷 ありがとうございます。「兼業生活」という言葉を聞いたとき、辻山さんはどんなふうに感じましたか。

辻山 私にも近い問題意識はあります。例えば、今、会社に勤めている人たちが幸せそうなのかといったら、こちらの勝手な見方かもしれないけれど、あまりそうは見えません。もっと暮らしのことに力を入れようよと発信すると、「いや、食うためには金がいるでしょう」と冷笑的な言葉が飛んできたりもします。たしかに、その両者には断絶がありますね。

でも本来、仕事は暮らしの一部なはずで、分かれていること自体がおかしい。「仕事はお金を稼ぐ手段。9時から17時までは自分を切り売りしている」とスパッと言われると、答えに窮してしまいます。おそらくその働き方はどこかで無理をしているだろうし、ストレスになっているのではないでしょうか。

その人の情緒、精神に近いところに仕事があって、働いて自分や家族を養い、その力を高めていく。そうやって生きることと働くことが重なっている状態が、あるべき姿ではないかと思います。それが今のような世の中になって離れてきた時に、じゃあどうしたらいいんだろうと考えるのは、ふつうのことだと思いますよ。

室谷 原因は個人に資するというより、システムの問題が大きいと思うんですね。大企業の寡占化が進んで、そこで働く人が増えているので。そうすると経営者と働く人が離れてしまって……。

辻山 人が数字になっていく。

室谷 ええ。経営者にとって、働く人が増えれば増えるほど、1人1人の顔が見えづらくなります。だからシステムの問題でもあって、じゃあそのシステムはどこから来ているのか、組織で何が起きているのか、いろんな視点があるんですが。まずは実感を得るために、暮らしと仕事が近いことを実現できている人にお話を聞いてみたいなと思いました。

『本屋、はじめました』には、辻山さんがどうやって仕事を通して自分をつくって来たかが、具体的に書いてありました。中でも、この1節は本当にすばらしいです。

だからこそ個人として生きる活路は、誰にでも簡単にはできない技術を高め、世間一般のシステムからは、外に抜け出すことにある。それには自らの本質に根ざした仕事を研ぎ澄ませるしかなく、それを徹底することで、一度消費されて終わりではない、息が長い仕事を続けていけるのだと思う。

『本屋、はじめました 新刊書店Titleの冒険』増補版・ちくま文庫p241~242より引用

私は、仕事というのは雇い主のものでも、顧客のものでもなく、「自分のもの」であってほしいと思っています。ご著書からは辻山さんが仕事を「自分のもの」として育てて来たことが伝わってきました。

例えば、学生時代に何十種類ものアルバイトをした中で、とりわけ児童書出版社のこぐま社が自分にフィットした。そこから就職を考えたときに、「本のある空間が好きだ」と思い至ったという経緯が出てますね。出版関係なら、華やかな編集者の方がかっこいいなとか思う人もいそうだけど、そういうことより自分の感覚を優先しています。

辻山 そう言われると、大学の同級生は割と大手企業とか、華やかなところに就職していましたね。

室谷 早稲田の政経ですもんね。

辻山 だから私のような進路の決め方をする人はあまりいなかった記憶があります。多分その頃から、考え方はあまり変わってないですね。どうしたら自分がそのままでいられるかというのを、明文化しなくても、ずっと考えてきたように思います。こぐま社のアルバイトについては、少し前に「本屋の時間」という連載にも書きました。他のアルバイトはあまり続かなかったけど、この倉庫作業はなぜか続いたんです。

なぜならば自分にとって、本という物体が「非常に親しいもの」という感覚があったからです。大学時代は、早稲田の古本屋街や高田馬場の芳林堂書店さんに、用事がなくても毎日行っていました。おそらくそういう場所で本を浴びることによって、自分でいられたんですね。ですから、働く際にそのまま本屋という世界に入るのはごく自然なことでした。

室谷 自分にとって、不自然なことをしなかった。

辻山 そうです。だからまあ、食べるためにこっちの業界に行こうとか、そういう選択肢は全くなかったですね。

室谷 ご両親も口出しはしなかった。

辻山 私がやりたいということに関しては、特に何も言わなかったです。なんというのかな。そもそも私は、人が言うことをあまり聞かないのかもしれないですね。こうやってふつうに人と会話しますけど、自分がやりたいことについては、あまり人の意見を参考にしない。だから会社に入った後も、「雇われている」という意識は低かったです。

私がリブロに就職したのは、一昔前にリブロがやっていた、ポストモダンの本をファションのように売るとか、何万円もする高価な美術書を「これはヒップだ」と流行らせるとか、そういうやり方が新鮮でかっこよく見えたからです。私もそういう店を作りたい、そういう仕事をしたいと思って入社しました。

ですから、会社から言われたことはやるんですけど、「やっておけばいいや」くらいで。それよりも作家のフェアを企画したり、人に会いにったり、展示を見に行ったり。とにかくやりたかった仕事を実現しようとしていたから、会社に「飼われている」という感覚はなかったですね。むしろ会社員だからできたことがたくさんあったと思います。

室谷 会社員時代も、やりたいことができる環境を自分でつくっていた。

辻山 そうすると段々周りが「またなんかやってるな」と思い始める。そうなったら、しめたものです(笑)。

室谷 入社して最初の3年間は、大泉店で割と地味に過ごしていますよね。その時代はどんな気持ちでしたか。

辻山 最初は学習参考書の担当になって。興味がある分野ではなかったのですが、初めて就職して、「仕事ってこうやるのか」という新鮮さがありました。それはそれで楽しかったですね。それが自分の関心とかけ離れた職種で、飛び込み営業でノルマがあるとかだと、心が折れたかもしれませんが。

室谷 会社員だと、上司から押し付けられることもあるじゃないですか。書類作りとか根回しとか。

辻山 上司は「こういうことこそが仕事だ」と押し付けてくるかもしれないけど、それは適当に付き合っておけばいい部分なんだと。一方で自分の中の切実な部分は、適当にやっちゃいけないと、分けて考えていましたね。

あとは、自分でいうのもなんですが、成績を上げていたので……。実際はほぼ何も言われなかったです。成績が悪かったら、もっとネチネチ言われていたかもしれません。

室谷 うーん、辻山さんは会社員としてもかなり優秀だったんでしょうね。ここはあまり参考にならないかも。

辻山 やりたくない仕事も、付き合った上での面白さというのも当然ありますから。それはそれで楽しみつつ、自分を温めておく。そういうイメージですかね。

つづき→「情報だけを得るものの見方には、限界がある」

※写真はすべて友人である写真家の中村紋子さん@ayaconakamura_photostudioによるものです

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