見出し画像

#17兼業生活「<人間くさい>商売から見えること」~小川さやかさんのお話(3)

ついでに、気軽に。お金や支援を託す「人間貯金」

室谷 『チョンキンマンションのボスは知っている』には、タンザニアの商人たちが「ついで」に助け合う姿が出てきます。自分の用事のついでに荷物を運んであげるとか、目的地が同じだから道案内してあげるとか。

小川 マチンガたちは商売上、信用や評判が大事なのでどんどん人助けをします。ただ、彼らのそうした行動は、私たちが考える「投資」とは違います。投資って、どういう商品が値上がりするかを考えて見返りを求めるじゃないですか。出世払いもそうですね。将来が期待できそうな人に親切にしてあげて、配当のように利益が返ってくるのを待つ。でもタンザニアのように将来が見通しにくい社会では、見返りを期待してもその通りにいかないことが多い。

将来性を考えても仕方がないので、貧しい人も怪しい職業の人も、とりあえず目の前で困っている人がいたら助けておく。ただし無理はせず、ついでに、できる範囲で。そういうひらかられた互酬性のネットワークの中で、自分も困ったときはきっと助けてもらえる。だからお金がなくても、なんとか生活が回っているんですよね。

そもそも贈与の喜びって、計画外のことが起こることだと思います。「仲良くなりたいな」と思った相手に何かしてあげて、反応がなくシュンとなることもあるけど、逆にふとした親切に思いがけないお返しがきて「この人、私のこと好きだったんだ!」とびっくりするようなこともある。そういう反応が予測できてしまったら、楽しくないじゃないですか。

室谷 「計画外のことも楽しい」という発想、いいですね。

小川 もちろん、タンザニア人は親切が返ってこないことも想定しています。だから「なるべくいろんな人に恩を預ける」ことでリスクヘッジしているのです。

たとえば、私は大学教員ですが、もし病気になったり、やる気を失ったりして職を変えたいと思ったときに、農家の友達がいて助けてくれたら農業ができるかもしれない。だからふだんからいろんなタイプの人と付き合い、相手が困ったら助けてあげる。その際、あえて借りを返してもらわずそのままにしておきます。贈り物をもらってすぐに同じだけのお返しをしたら、関係が終わってしまいますから。逆もそうで、何かしてもらっても、次に相手が助けを必要とするまで返さない。タンザニアの人たちのように、日ごろからそういう「人間貯金」をつくっておくのは、すごくいいなと思います。

日本では銀行はつぶれないし、大企業が破綻しないことを前提に「いい仕事に就いてお金があればどうにかなる」と思っているじゃないですか。でも本当は、銀行だって倒産することはあるし、いまある仕事がAIにとってかわられてなくなるかもしれない。もちろん制度やシステムも大事だけれど、制度やシステムとは違う確実性が人間の方にもあるのです。自分の状況がダメになっても、人間貯金の相手が何人かいれば、その中に1人くらいは順調な仕事に就いている人がいるはず。そういう人に頼ってなんとかしていく知恵は、タンザニアの人たちから学べるところです。

室谷 「スキルを身につけないと生き残れない」という強迫観念にさらされがちな私たちの社会と、「いざというときは他人に頼ってなんとかしていく」タンザニアの社会では、ずいぶん違いますね。

小川 たくさんのスキルを身につけて、完全無欠な人間になって生き残ろうとするのって、究極の努力主義です。そればかりを競う社会って疲れるし、人は欠けているからこそ、他人の存在を必要とします。むしろ欠けたまま生きることで、誰かとつながる必然性が出てくるのではないでしょうか。

私は何も、「タンザニアみたいな社会を目指そう」といっているわけではありません。いまの日本の資本主義経済のままであっても、他の社会から学び、できることはあるはずです。先ほどの人間貯金も、稼いだ現金をぜんぶあげてしまうというのは極端な話ですけれど、気が乗ったときに少しくらい人間のほうにも賭けておくのは今や増えていると思うのです。クラウドファンディングで応援するとか、副業という形で誰かの仕事を手伝うとか、方法はいろいろありますよね。そうやって贈与のネットワークをつくっておくことは、いまの日本社会でもできると思います。
 
そのときに意識したいのが、他者の欠点や揺らぎを許容すること。それはつまり、私たち自身の不完全さを認めることでもあります。
 
いまの日本社会には、あまりにも個人に完璧さを要求し、そうじゃなければ自己責任という形で罰する風潮がある。でもそもそも人間って、欠点や揺らぎだらけの生き物です。「振り返れば自分も欠点だらけで全然ダメだし、他の人だって同じだよね」といえるところから、他者とつながる生き方が始まると思います。

(つづきます→「私たちにも、ウジャンジャの素質がある」

※写真はすべて友人である写真家の中村紋子さん@ayaconakamura_photostudio によるものです

この記事が参加している募集

お金について考える

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?