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かさぶたカサカサお受験記(最終回)息子にちゅうえいが降臨した国立本番、夫は千原ジュニアの赤パンを履いた【前編】


「自由について、お考えをお書きください」

極寒の雨降る中開場を1時間待ち続けたことで冷え切った体に、とどめを刺すような保護者作文のテーマがお茶の水女子大学講堂で発表された時

厚子は、国立専門のお教室で開かれた保護者講座で何度も繰りかえされた台詞を頭の中で反芻していた。

私立は国立とは違う。あくまで学校の方針に賛同し、研究機関としての教育現場へのリスペクトと理解、そして惜しみない協力の姿勢をアピールすること。

分かっている、それは分かっているんだ。
でもだからってこれはあんまりだ。自由ってなんだよ、そんな抽象的な質問があっていいのか。お前私の愛を試しているんか?突然カヌー漕がせたり崖からダイブさせたり、フィジカルアプローチで真実の愛を測ろうとするなんて。いなせな子猫ちゃんだな私の愛しいバチェロレッテ(お茶の水女子大付属小学校)は! 

萌子さんは最高(引用:Amazonプライムビデオ

あまりにも自由すぎるテーマを提示され、その自由さに振り回されっぱなしの厚子の妄想はもう止まらなかった。

(自由について語れって言ったって…本音を言えばわたしゃ今すぐ自由になりたいよ…1秒でも早くこのお受験地獄から解放してくれよこん畜生!)


そう悪態をつきながらも、我々保護者に与えられた作文製作の時間はあまりも短い。うだうだ言っている暇があるなら書け、1文字でも多く書け。書け、書くんだジョー!とペンを走らせ始めた。

いつも心に丹下段平(ちばてつや先生


お茶の水女子大付属小学校は、事前の保護者作文と、第二次検定(いわゆる考査)当日に行われる保護者面接への参加を、それぞれ各1名と定めていた。
初めて役割を分断されることになった古き良き日本の企業体質を貴ぶ我が家は、協議の結果、役割を綺麗に三等分することで責任の所在を徹底的にグレーとすることに決めた。

作文の厚子。
面接の夫。
検定の息子。

これはもう誰が何かミスっても一蓮托生。足首を鎖でつないだ3人4脚のごとし、誰か1人でも足を踏み外した瞬間共に谷底に落ちるかさぶた家名物★運命の鉄骨渡りである。

みんなカイジ知ってる?(賭博黙示録カイジ



そしてここにきて大変突然ではあるが、最終回を迎えた今唐突に我が家の夫について触れたいと思う。

今更過ぎて書くことを一瞬ためらったまま最終回まで引っ張ってしまったが致し方ない。保護者作文と同じだ、ここまできたら書かねばならない。なんせ夫も(影は薄いが)我が家の大事なメンバーだ。


夫は大変に外面がよい。とてつもなく良い。本来持っている人間性の当社比325%増しで人に良く思われる才能の持ち主だ。

中学受験圧倒的勝者として西の某有名男子一貫校に入学するものの、そこが人生のピークであると知る由もなくその後東大受験に3回落ちた夫は、東京の某私立大学に嫌々入学。

「ここは俺の居場所ではない。」
とまるで窓際三等兵のタワマン文学に煽られるレベルでくすぶった4年間を送るかと思いきや、勉強生活で抑え込まれていた本来の人間性を大いに開花させる。

大阪生まれ、吉本育ち。おもろいやつは大体友達(と思い込んでいる)関西の良いところを凝縮したような夫は、根っからの陽キャであり、人がぼけたらそれが例えわざとでも天然でも、その全てに突っ込まずにはいられない。そんな特殊性癖を持っていたのだ。

夫は、東のキャンパスライフで出会った友人、先輩、教授達の数多のボケを逃すことなく拾い上げ、その全てに的確かつワイルドかつスピーディににつっこんでいった。

つっこんでつっこんでつっこみまくる学生生活を送った結果、レポートの成績は爆上がり、サークルの代表になり、大学内外のイベントを大成功させ、誰もがうらやむガクチカを手に入れ、インターンシップという名の学生青田刈りで刈られまくった

最終的に「もうこの後就職活動したらダメだよ!ぼくらズッ友★友情永久不滅」っていう謎の誓約書にサインをし、就職活動の一切を経験することなくとある日本企業に就職を決めた。

就職後も、難関資格を取るでもなく語学学習に励むでもないまま、ただひたすら社内外の有力者たちを相手取り、全てのボケを拾って拾って拾いまくり、つっこんでつっこんでつっこみ続けた


自身の結婚披露宴では、宴の主賓であり夫の人事権を握る執行役員(超絶えらいおじさん)と共に高砂で5分間ニューテクノダンスをファンキーベイビーに踊りまくるという奇跡を起こし、その3か月後に長年希望していた部署への異動内示を手に入れた。

※この曲を聴くと未だにお腹が痛くなる悲劇の花嫁こと私

このように、夫は絵にかいたような昭和のサラリーマンとして愛嬌と人柄だけで順調に出世してつづけるJTCの希望の星なのである。


そんな訳で、夫はとにかく権力を持つ方、特に男性にすこぶる好かれるという特性を持っており、保護者面接では文字通り無双していた。


某有名お教室の模試で実施された模擬面接では、常にトップのA+評価を受け続け、マンツーマン面接レッスンを申し込んだ際には「合格したならば、お父様のご様子をお見本映像として後世に残したい」と言わしめた程だ。
*なおこの学校は面接に至ることなく撃沈した。


厚子がお茶の水女子大付属小学校の作文を書くために生まれた女ならば、夫は保護者面接を突破する為に生まれた面接の申し子であったのだ。


家族三人、お互いがお互いの持ち場を守り最高のパフォーマンスを見せよう。有終の美を飾ろう。


そう誓って各々の持ち場に散会したはずなのに、ここにきて冒頭の自由である。


書きようはある、いくらでもある。なんなら答えのないテーマとか厚子の大好物である。

しかしここは日本を代表する国立大学附属小学校の試験会場だ、いったいどのような論説を立て着地させるべきなのか。作文の女神としての実力が試される中、ふいに横に目をやると

・・・・・・・・・!!!!!!

隣に座るシュッとしたロマンスグレーのお父さんが、2行ほどしか書いていないすっかすかの作文用紙を手に天を仰いでいた。

フリー素材ってなんでもあるよね。


またしてもお父さんである。かさぶた家のお受験史において、お父さんという生き物は本当にやっかいな事件しか起こさない。勘弁してくれマジで。

さてはお前も呪術廻戦か。帳(とばり)が下りるのを待っているのか。そんなに祈っても夏油傑は現れないはず。だってここは茗荷谷だ、渋谷でもまして埼玉ともちゃう。


そこからは厚子は、もうお隣のお父さんが気になって気になって自由の追求どころではなかった

一瞬ペンを持つ、しかしそのペンを決して走らせることなくまた天を仰ぐ。
作文を書くために保護者に与えられた時間はたった30分しかないというのに、お父さんは開始5分で作文を投げ出し、この謎の儀式を何度も繰り返すことで呪いの術式を完成させようとしていた。

(神様、あの人2行しか書いてないよマジで2行だよ。多分20行くらいかける紙に2行だよ。こんなんで家に帰ったらこのお父さんご家族に磔にされるよ…神様お願い…もうこのお父さんを自由にしてあげて…すべてのお父さんに自由を、ビーフリー…)

最終的になぜか厚子もつられて祈りだしたころ、無常にも終了の鐘がなり、結局お父さんは2行しか書いていない作文用紙を持って提出の列に並んだ


厚子が見ず知らずのお父さんの自由を願ってから2日後。ついにかさぶた家は最終決戦の時を迎えた。

検定に同行するのは面接の申し子こと夫である。しかし、泣いても笑ってもかさぶた家にとってはこれが最後の小学校受験だ。共に歩んできた1年半という受験準備期間をかみしめる為、校門前まで家族3人で向かうことに決めていた。


「ぼっちゃん、貴方は最高の男の子だよ。愛している、愛している。ママの大切なぼっちゃん。最後の1日楽しんできてね。」




校門前で息子と別れる時に、彼の手を取りこう言おう。昨夜そう決めたことでベッドの中でうっかり涙を流していた情緒不安定な母は、茗荷谷の駅で電車を降りた瞬間絶句することになる。

「ねぇママ知っている?!肘がないと腕は回らないんだよ!」


息子は得意げにそう言うと、突然左右に揺れながら

「ひ~じがなければう~ではまわらぬ。ひーじっ!ひーじっ!ひーじっ!!」



と軽快にステップ&ジャンプを決め始めた。


我が子に流れ星ちゅうえいが降臨した瞬間であった。

向かって左がちゅうえい氏。コンビ中はすこぶる悪い


これから国立小学校の検定を受けに行くはずの流れ星ちゅうえいは、そのまま歌とダンスをやめることなく歩みを進め(器用すぎる)横断歩道で止まるたびに、その場で左右に小気味よくジャンプしては陽気にリズムを刻んだ。

さすが流れ星ちゅうえい。お笑い界随一の身体能力は伊達ダじゃない、今朝の貴方もキレッキレだ。

しかしちゅうえいよ、よりにもよってどうして今日なのだ。何故我が家の最終決戦のこの日この時にご降臨した!?

私、貴方に何か嫌な思いさせた??ネットに悪口を書くこともなければ違法録画をyoutubeにアップすることもなく、淡々と一視聴者として見守っていた善良な視聴者である私になんの恨みがあって息子にご降臨しているのか。

いいかちゅうえい、お前はまだ若いから世の中の理を理解していないのかもしれない。でもなよく聞け、おばちゃんがしっかり教えてやる。あのなちゅうえい、我が家が今この瞬間この場所に立つために、数えきれないほど&思い出したくない程の時間と金を使ってきたんだ。メンタルを限界まで削って削って削りまくってようやっと辿りつた特別な場所なんだ。ここはただの茗荷谷じゃないの、我が家にとってここはガンダーラなの。そんでさ、厚子がくそ忙しい年長の春~秋にな、空いた時間を見つけては小銭を募金したりベビーカーを運んだり落とし物を拾ったりゴミ拾いのボランティアしたりな、それはそれは細かくしかし確実に徳を積んできた理由分かる??ねぇ分かる?全部抽選を当てるためなの。そのために巣鴨くんだりまでいって奇行にさえ及んだよ。つまりね、生半可な気持ちでここにいるわけじゃないの。なんならこの小学校は受けたい人みんなが受けられるわけじゃないの抽選なの。残念な思いを抱えた人達の分まで精いっぱいやらなきゃいけないの、そんな人生の重みがお前に分かるのか?いいから黙って表に出ろコラ。

かさぶた自伝(下巻より引用)

そんな仮想敵ちゅうえいに心の底からバチキレている最中、普段であれば我先にと息子に雷を落とすはずの夫が一切話さない。

おかしい…そう思って横に立つ夫を見ると、さっと目をそらしやがった。


やりおった。犯人はこいつだ。



大阪生まれ吉本育ち。youtubeで歴代のM-1名作選(夫セレクション)を聞きながら眠りにつくことを習慣化する程お笑いを愛する夫は、あろうことか検定の前日、息子に流れ星の漫才を見せていたのだ。

「だって最近しんどかったから。笑顔と笑いが必要かなって…」
*のちの証言 

馬鹿日本代表の夫は、WBCチャンピオン。ワールド馬鹿クラシック優勝であった。



肘がなければ腕は回らないー。

この人間の骨格的事実があまりにもツボってしまった息子は、茗荷谷の駅からお茶の水大学の校門まで徒歩8分間。
休むことなくこの奇怪な舞を繰り返し続けた。無論装いは半そでポロシャツと半ズボンである。

お検定当日の肘を回す肘神の申し子


ちゅうえいこの野郎!!!夫この野郎!!!!!!


流れ星ちゅうえいが降臨しっぱなしになった息子をはさみ、左には会ったこともないお笑い芸人に殺意を抱く母。右には現実から目をそらす夫。
かさぶた家のお受験は、最後の最後までずっこけていた

岐阜県に肘神さまが祭られている神社がマジでありますが、こちらは特に抽選とか当てません。

後編へ続く


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