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かさぶたカサカサお受験記(3)東京壊滅と東北への逃亡、大根を抜く女

11月中旬、東北では冷たい風が吹き出す初冬の朝8時。厚子は実家の目の前に広がる畑で大根を抜いていた。

大根を抜く息子近影

11月2週目まで及んだかさぶた家の東京大決戦の結果は散々たるものであった。

埼玉神奈川の合格、不合格、補欠。3校受けてこの結果なら、都内でも1校くらい合格がでるのではなかろうか?
そんな四十路リトルマーメイドの願いは儚く散った

不合格、不合格、補欠、不明。

不明ってなんだよってそこのあなたよく聞いて。これをべろっちゃうとクリティカルに我が家の受験校がばれちゃうんだけど世の中には「補欠という告知がなく、いったん不合格ってぶったぎっておいて突然繰り上がりました。と連絡が来る恐怖と戦慄の生殺しシステム」が存在するんですわ。

ゆえに不明、しかし不明。不明ってなんだよ。
ダメならダメでひと思いに振ってくれ。

「かさぶた君、いい人なんだけど、私今彼氏が欲しいかどうかわからなくて…でもかさぶた君と一緒にいると1番自分らしくいられる気がする♡」

って寝言を吐き出す微妙にかわいくないオタサーの姫みたいな行動を慎め。

単なる悪口です


そんな生殺し状態のまま時は過ぎ、かさぶた家に日常が戻ってくる頃。
twitter上では悲喜こもごも、少しずつ同士たちの結果が目に入ってくるようになった。


志望校に無事合格したご家庭。
いくつかの残念を抱えながらも納得した学校とご縁を結んだご家庭。
他校の合格を手にしつつ、第一志望の補欠連絡を待つご家庭。
最低限の熱望校に絞り展開、潔く公立進学を決めたご家庭。

外野が安易に語ることのできない、家庭ごとの葛藤、苦しみ、悩み…多くの感情を乗り越えて皆が皆、そのご家庭らしい次のステージを見つめていた

一方、江田組や国立本命組の士気は最高潮に達していた。
やる、やってやる、俺たちは強い。絶対に勝つ。やってやるんだ。

熱量がひしひしと伝わる、数年かけて準備してきたその全てをぶつける最後の時を迎えているのだ。熱くなるなという方が無理な話である。

つまり、この時期の厚子のタイムラインには開放感と熱量、いくぶんの涙もありつつ比較的プラスの空気が流れていた。


そんなところにきて我が家だけ謎の不明である。
すがすがしい開放感もなければ素直に絶望することもできない。プラスにもマイナスもなれない圧倒的グレー、中途半端オブ中途半端、絶望的鬱屈。マジで勘弁してくれ。


なんなら当時、学区のはざまに居を構えていたかさぶた家は人数調整の問題で近所のA校に行くか少し遠めのB校にいくかちょっとはっきりしないから年明けまで待ってねてへぺろ★っていう謎の通知を受け取っていた為、すべての児童に開かれているはずの公立小学校でさえどこへ通えるか不明な状態に陥っていた。


幸い保育園でお受験をした家庭は我が家だけだったので「うちは年長の夏から始めたのに雙葉(偽名)に通うことになりました」といった親同士のゆる受験なのに超金星マウンティングや、「キミはどこ小学校に行くの?僕は幼稚舎(仮名)」といった子供同士の無邪気なハートのえぐりあいに遭遇することはなかった(噂に聞くがそんなんホントにあるんか)。

しかし、かさぶた家が唯一しかし確実に乗り越えねばならぬ鬼門があった。保育園の先生方である。圧倒的ピュア集団である。

イメージ図


我が家が小学校受験をすることを伝えた瞬間「ぼっちゃんは、明るくて元気だから絶対向いてますよ!私たちも応援しますね!」そう笑顔で言ってくれた担任の先生。

こちらが何も言わずとも、わざわざ巧緻性のことを調べ、園の活動でハサミ等を取り入れてくれた主任先生。

幼稚園勤務時代のお受験家庭の話を教えてくれた園長先生。

「ぼっちゃんがみんなを引っ張ってくれます、お教室やご両親のお力はすごいですね!とっても助かります」

そう褒め続けて全力で支えてくれた、親よりも息子の合格を疑わなかった園の先生方に向けられる顔などどこにもなかった。


そして厚子は逃げた。


夫も、仕事も、生活も捨てて、着の身着のまま新幹線に乗った。


東北逃亡である。

フリーランスでよかった、未就学児でよかった。

「なんだか最近お教室にもお試験にもいかないねぇ」

そうのん気にレゴを組み立てる息子を抱え、実家に戻って3日間。母ヨシコに息子の面倒の一切をぶん投げ、厚子は文字通り布団の主となり寝まくった。


スマホは基本部屋に放置(だってSNSを見てしまうから)。PCの電源は入れない(だってインターエデュの補欠情報を見てしまうから)。当時メインのクライアントであった古巣の後輩にも「お願いだから電話をしないで…」と頼み定期収入を手放す。夫からの連絡は実家への直電のみとし、厚子は文字通り己が意思で現世と断絶する世捨て人となった。


そして冒頭の大根である。
4日目の朝、祖母ハルコ(87)に起こされた。

「あっちゃん、ぐだぐだしてねで暇なら大根さぬいてくれ」
(訳:「あっちゃん、そんなにだらだらしていて暇なら大根を抜いてちょうだい」)

太く長い根菜の王様は案外デリケートである。中途半端に力をかけると途中で折れて残念なことになる。

集落で1番の野菜作り名人として名を馳せる祖母ハルコの熱血指導を小学生から受けており、大人になった今もその手順を忘れない初孫の厚子。軍手をはめた両手で黙々と周りの土を掘り起こし、半分程度になったところで一気に引き抜くというステップは時を経てなお深くDNAに刻まれていた。

いかに育ったままの形で傷なく折れなく大根を抜くか。こんなに大根のことを考えているのは、厚子の他には同期の結婚式で大根踊りを舞う東京農業大学有志の皆様だけであろう。


ふと見上げると、広大な畑を走りまくる息子。やつは大根2本目で早々に野菜収穫にあきて、冬眠に入るのか動きが鈍くなった蛙を発見しこっそり後をつけていた。

写真が無かったので夏休みの蛙

「蛙は水の中でも土の上でも暮らせるんだよ、もうすぐ冬眠するんだよ!おたまじゃくしは後ろから足が生えるんだよ。はるちゃん知ってた?」

ハルコに自慢気に説明する息子と

「はー、ぼっちゃんはえらいかしこだな。」と感心する祖母ハルコ。

それを聞いた瞬間、厚子の涙腺は爆発した。

ポロポロポロポロ涙がこぼれて畑の土に還り、土がついた軍手で拭った目元は涙と混ざってどろどろと泥まみれになる。

懐かしい、冷たい東北の土のにおいがした。

私道をマイカーで爆走する息子(3)

お母さんのおなかから生まれる動物。卵から生まれる動物。冬眠する動物しない動物。両生類と爬虫類。飛べない鳥。春の七草。野菜の食べる部分。球根で育つお花。

お受験あるある(理科編)


こんなもの覚えてどないするんじゃ。そう(母が)悪態をつきながらも「年長さんならみんな知っとる、保育園の常識やで」と半ば洗脳するようにお風呂で繰り返した。


それを息子は全部覚えていたし、卒寿手前の老婆に伝えられるくらい、今もしっかり覚えているのだ。


息子の貴重な時間を棒に振ってしまったこと。年齢にそぐわない勉強と行動を強要してしまったこと。後悔で胸がいっぱいになる。

こんなにも明るく陽気でファニーでアゲアゲなかわいい子を、神奈川東京のどの学校にも認めさせることができなかった。息子の無限大のポテンシャルを伸ばすことができなかった。

そんな親としての能力の低さ、指導力と判断力のなさに絶望し、情けなさと悔しさで感情が爆発寸前だった。


泥まみれの顔でポロポロと大粒の涙をこぼしながら大根を抜く中年の女。東京なら即通報案件である。言い訳しようのない完全たる不審者だ。

東北生まれ山あい育ち、なまってるやつは大体友達。おしゃれなものはムラサキスポーツのショッパーで、長期休暇にはバイトで貯めた5万円をもって新幹線で仙台か渋谷原宿に仕入れという名の買い物にいく。

LOVEBOATのポーチと鏡はいいとして、ミジェーンで買ったニットワンピとヒスのド紫色のジャージはこんな土臭い田舎のいったいどこで着る機会があるというのか。

かさぶた自伝(上巻より引用)

そんな土地で生まれ育った厚子である。
土台無理であったのだ。私立小学校のお母さんになるなんて。

紺色のスーツより、制服の上にコート代わりに羽織る土臭いヒスのド紫のジャージの方がお似合いだ。当時19000円したこのジャージは、今では母ヨシコの朝のはんてん代わりと化している。

野菜育て名人の相曽祖母、ヒスの20年物のジャージを着る祖母、号泣しながら大根を抜く母。そしてその息子。

こんな土臭い泥の一族を受けて入れてくれる私立小学校は、もうこの世には存在しない。

さながら泥パック中の顔で受容の時を迎えた瞬間、母屋から母ヨシコが叫ぶ。


「おねえちゃーん、かさぶたさん(夫)から電話だよー」


時計を見ると朝9時を回っていた。こんな時間にわざわざ電話をかけてくるなんて、義実家に急な不幸でもあったのか。それともつかの間の独身生活を謳歌しすぎて夫の体内時計が狂ってしまったのか。

全身泥まみれで玄関に戻り夫の電話を受ける。

「厚子さん!!!見た?お茶の水の一次抽選の結果見た???!!!」


9回ツーアウト満塁。
バッターは、9番キャッチャーかさぶた厚子さん(39)。

本当に素晴らしい試合でしたね


2023年夏、甲子園球場を轟々と揺らした慶應義塾高校野球部応援団より強く激しくしかし突然に。

ひと家族ひと裏山所持がデフォ系集落


かさぶた家の復活を告げる場内アナウンス
が、山奥の限界集落に高々と響き渡った。

④へ続く

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