悩みが「カタチ」になる夫婦会議。
「悩みを”テーブルに出すこと”が大切なんです」
心理士わたるんさんは、娘さんをあやしながら優しい目でそう言った。
コラボポッドキャスト収録中、「夫婦はどうやって葛藤を扱うか」について話している時のことだった。
二人が抱えている悩みや葛藤の責任を相手に求めるのではなく、二人から分離し、テーブルに置く。
すると、「自分たち VS 悩み」という構図を作ることができる。
ぼくらはこういう課題を抱えているよね。お互い大変だよな。
そんな共通認識を持てれば、夫婦の話し合いはスムーズに進む。
確かにそうだと思う。
だけど、ぼくらはついつい怒りや悲しみといった感情に引きずられ、声を荒げてしまったり、課題を自分たちから分離できず、相手のせいにしてしまいがちだ。
ぼくら夫婦もそんな日がある。
何もかも相手が悪いということはないのに、どうにもやりきれなくなり、すべてを相手のせいにする。
そんなことがあると、何日も気持ちが晴れない。
そんなぼくらだけど、最近はスムーズに話し合いができるようになってきた。
葛藤をぼくらから分離し、「自分たち VS 悩み」という立ち位置を作るために有効だったもの。
それは、ぼくがアンバサダーを務めさせていただいている夫婦会議だ。
自分が関わっているから勧めているんでしょ?って思うかもしれないけど、ぼくはアンバサダーになる前から、夫婦会議のことは推しに推していて、noteやポッドキャストで何度も触れてきた。
今まで、なぜ夫婦会議が夫婦関係改善に有効なのかを、はっきりと言語化できなかった。
だけど、先日のわたるんさんとの対談でわかったことがある。
夫婦会議が夫婦関係改善に有効な理由、それは悩みを「カタチ」にできるからだ。
具体的に、ぼくらの夫婦会議の様子を伝えながら説明しようと思う。
◇
ぼくが家に帰るのは18:30頃。
小学3年生の長男次男(うちは双子)の宿題のチェック、習い事の送り迎え、夕飯の支度、風呂入れ、話し相手、明日の準備。
妻の手によって、そのすべてがほぼ終わっている。
疲れ切った妻はある日こう言った。
「毎日、毎日、大変…!疲れちゃう!もうイヤ!」
これはなんとかしなければと、ぼくらはその夜、夫婦会議ノートを取り出し、夫婦会議をすることにした。
議題は「妻の疲れを取るには?」とした。
さっそく、妻になにが大変かヒアリングする。すると、出るわ出るわ。急いでぼくは妻の言葉をノートに書き写した。
三男も帰ってくると、子ども3人対大人1人になるため、家事や子供の面倒を見ながら3人の相手をすることがしんどくなることがわかった。
さらにやっかいなのが習い事の送り迎えだ。
本人の希望でECCに通っているのだが、双子の仲が悪すぎて同じタイミングのクラスを嫌がり、別の曜日に長男次男が同じ教室に通っている。
二人ともとんでもなく競争心が強すぎて、習い事が同じクラスになるとケンカばかりになるのだ……。
他の習い事もあり(それは週に一回しかないため、双子は渋々同じクラスに通っている)、週に3回の送り迎えを妻が行なっている。
さらに長男は吃音があり、言葉の教室にも通っているため、その送り迎えも妻がしている。
さらにさらに、4歳の三男の保育園の送り迎えもあるため、妻はたまに「誰をどこに連れていくのかわからなくなることがある」そうだ。
ECCの宿題のチェックが大変とのことで、いつどこで子どもたちが宿題をするかをまとめた。
色々話を聞き、ああしようこうしようと話し合った結果、妻は最後にこう言った。
「私はあっちゃんに、私が疲れていることをわかって欲しかったの」
妻が一番伝えたかったことは、これだったのだ。
ぼくのリモートワークが減ることで、長男の言葉の教室の送り迎えを、子どもの習い事の送り迎えを、宿題のチェックを、それらを妻が担うことはぼくらは過去の話し合いの中で決めた。
だが、それは「妻が大変ではないこと」を意味するわけではなかった。
ぼくが目にすることのない舞台裏で、妻は必死で働いていた。そう、ぼくには見えていなかったのだ。
週のほとんどがリモートワークだった頃、ぼくが習い事の送り迎えをすることも多く、妻と一緒に舞台に上がっていた。二人で家庭という演目を必死で上演していたのだ。
だけど、ぼくはいま観客席にいる。
子どもたちがテストでいい点数を取った。美術の時間にこんな絵を描いた。今日はこんなことをして遊んだ。
スポットライトが当たり、キラキラと輝く部分しか、客席にいるぼくには見えていなかった。
その陰で、黒子として必死で舞台を成り立たせている妻がいることを、ぼくはすっかり忘れていたのだ。
ぼくと妻にとっての悩みの本質は、「ぼくらの目線がズレてきていること」だったのだ。
もし、夫婦会議ノートを使わずにこの話題に触れていたらどうだったろう?
ぼくは自分の目線のズレに気づけただろうか?
気づけたとして、果たしてその事実を受け入れられただろうか?
きっと、難しかったと思う。
妻は「わかって欲しい!」という気持ちを全面に押し出し、ぼくは「責められている!」と感じ、ガードを固くさせていただろう。過去のぼくらの話し合いがそうであったように。
夫婦会議ノートというデバイスに気持ちを書き出すことで、ぼくらは葛藤を自分たちから分離させることができた。
子どもたちが寝静まった静かなダイニングテーブルで、ぼくらはまさに「悩みをテーブルに出す」ことに成功したのだ。
感情とは捉えどころのない霧のようなものだ。相手が大切な存在であるからこそ、ぼくらは無意識に怒りや悲しみといった感情の渦に吸い込まれ、前の見えない霧の中へと迷い込み、大切なパートナーの姿を見失う。
夫婦の悩みを「カタチ」にし、二人が同じ目線で向き合うこと。
それが、二人を一つにしてくれるのだと、ぼくは思うのだ。
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