言葉を選び続けた彼らの選択を見届ける――往復書簡小説『Love Letters ~100回継ぐこと〜』

3/14に発売された小説『Love Letters 〜100回継ぐこと〜』を読みました!
基本的に往復書簡のみ、地の文も台詞もなく、すべて書き言葉のみで構成された作品で、手紙だけで続いていくのでもちろん読みやすいんですが、手紙だけなのに――むしろ、手紙だからこそ、登場人物の変化や感情が抽出されて伝わってきて、記憶に残る読書となりました。

というわけでおすすめ本としての紹介と、読書感想文です。
何が違うかというと読書感想文の方はネタバレがあって紹介の範囲ではネタバレを避けています。
目次・見出しで分かるようにしておきますので、ぜひ読んでいってください。紹介の方は3000字ほどです。

※「~100回継ぐこと~」というタイトルが意味するものはこの小説がリレー小説企画から始まった作品で、私がこの本を知ったきっかけは私自身が企画に参加していたからです。ただ2年前に冒頭の方で参加したきり追ってなかったので(ごめんなさい。。。)、新鮮な読書として楽しんだ結果を書いているつもりです。
PRというわけでもないので書くか迷ったのですが、後付けで知るとあれかなと思ったので、念のため前置きでした。

おすすめ本紹介

私がこの本をおすすめしたい人は、

・物語で語られていない余白に想像力を働かせるという読書の楽しみを味わいたい人

・書くこと、表現することについて描かれた本が読みたい人

・ちょっとダサさすらある等身大の主人公たちが、生活や夢に翻弄されて挫折もして、最後に前を向く話が好きな人

こんなところでしょうか。
最後は私がこの本を読んでの要約みたいになってしまいましたが。
それぞれの要素について触れていきたいと思います。

選択された言葉・想像力の余白

さて、この小説で手紙を交換する2人は、高校の演劇部で1個違いの先輩後輩だった男女(女の先輩、男の後輩)です。
文通は先輩が大学に進学したところから30歳前後までの10年以上続きます。

思春期からいい大人への過渡期ですよ。うわ~恥ずかしい、とか、若いっていうか青いっていうか……、みたいな気持ちになることも多々だったんですが、でも10年間以上文通を続けた男女(しかも、元演劇部っていう……表現したがる2人……)の手紙を覗き見しているわけで、それは致し方なし。
覗き見というか、手紙自体が何を書くか選んで書く行為なので、覗かせるように書かれた言葉を覗いているというか……。

2人の手紙は数日単位で続くこともあれば、年単位で空くこともあって、その間の出来事は文字にしてしまえば数行かそこらで伝えられるだけです。
どちらか一方の自分のことであればね、相手は知らなくて、それを伝えるために最近こんな感じで……って説明してくれるからいいんですよ。
でも2人にまつわることだと前提を共有しているから事実だけさらっと書かれてて、その余白に何があったのか「は???」ってなる瞬間が、でも読書としてめちゃくちゃ楽しい!

文通は後輩から始まって、地元から離れた大学に進んだ先輩がこれから会えない間手紙の交換を続けないかという提案をして、始まります。
この作品において読者は手紙に書かれたこと=相手に伝えると決めたことだけ知らされるので、神視点で見守ることしかできない……と思いきや、感情移入できる余地は全然ある。
考えてみればそれはそうか、と思ったのは、冒頭に書いた通り「手紙だからこそ」で、本当に、抽出された感情を読まされているんですよね。小説であることから離れて、手紙をもらったり書いたりした経験を思い返せば本当に、それはそう。
ほとんど手紙だけで交流を続ける2人が手紙にしたためた言葉は、本当に伝えたいことだったり、伝えたくなかったかもしれないけど勢いに乗って書いてしまったことだったりする。

ずるいな~と思うのは、この小説には【投函されなかった手紙】が時々挟まるんですよね。
読者はその伝えなかった言葉たちを踏まえて実際に伝えることにした言葉を読めるという……。
伝えることにした気持ちや言葉の取捨選択から登場人物の輪郭が見えてくるの、よかったです。

想像力をかき立てられる、余白に対して想像力を膨らませて色々考えられるという意味では、この作品は小説の楽しみをライトに、でも存分に味わわせてくれる物語だったと思います。

言葉を選択すること・自分を表現すること

手紙を書く。そして先輩は演劇の脚本を書く(大学以降でも続けようとする)。後輩もやがて、創作に携わるようになる。
この物語は書くこと・表現すること、それを続けながら生きていくことについてたくさん触れられている物語です。

例えば手紙を書くこと自体にも触れられていて、以下の部分とかは印象に残っています。

 手紙は、健康的です。熟考熟慮の上に、文字を書きます。送る際にも、手間とお金が少しかかります。そして、送ってから届くのに、ロスタイムが生まれます。そのロスタイムは、僕らをあらゆる意味で試してきます。本当に送って良かったのか? 慎重に言葉を選んだのか? そうやって僕らの精神は鍛えられ、健康的で文化的なやり取りが可能になるのです。
p.59

このあと、便箋に匂いが移った手紙を受け取って「やっぱり温度と香りが宿る手紙は健全じゃない」と意見を変えているところとかも。笑

あとは以下の言葉とかも、陳腐でありきたりで、誰にでも訪れそうな悩み。

 いつからだろう。書き始めることが怖い、書き進めることが怖い、書き終えることが怖いと感じるようになってしまったんだよね。
 高校、大学の頃は、なにも気にせず書けていました。誰の目も気にせず、自分の思うがまま書いてた。ちょっと下手くそだなって後から読み返して反省しても、成長していく過程でこういう部分も直っていくだろうって、深く考えもせず、ただ書き進めていました。
p.109

後半の言葉は割と物語の展開を受けているので引用が難しかったのですが、でもこんな調子で、本当は表現し続けたい、とどこかで思い続けている二人の物語です。
noteなんて書いている私は、それに思わず心を揺らされてしまうのでした。

等身大な二人の青春小説

等身大な二人。
例えば、すぐ上に書いていた話の続きとして、幼い頃や始めた頃は何も考えずに楽しめていたのに、大人になるにつれて/続けていくにつれて楽しめなくなることって、別に書くことに限った話ではないと思います。

表現し続けようとする二人の話ですが、18歳から30歳までの男女の人生について描かれた話でもあるわけです。
何かについて一貫して書かれているとき、核とか原点って別に何をやっているかとか関係なくて、何か頑張りたいこととか抱えているもの全般に通じる話になる、と思っています。
だから別に書くことや表現することについて描かれた小説を読みたい、と思っている人だけではなくて、単純に青春小説が読みたい人にもおすすめできるな、と考えたのでした。

主人公2人は全然かっこよくなくて、むしろ文通12年間なんて拗らせたことをしているのだからダサいところもイタいところもいっぱいあって、目を眇めたくなるページもありました。笑
でも目を眇めたくなるのは自分に重ねてしまうところがあるからで、青春小説らしい部分だと思います。

年齢と期間だけ触れてきましたが、この物語は2010年から2022年までの話として描かれます。大震災もコロナ禍にも2人は直面する。
そんな大事件だけじゃなくて、大学で地元を離れて一人暮らしを始めたり、社会人になって転職をして引っ越しをしたり、大切な人と出会ったり、そういう個人的な事件も手紙では近況として知らされます。
変化に翻弄されて落ち込んだとき、途方に暮れたとき、相手の変化に付いていけない・置いていかれていると感じたとき、情けないところもいっぱい彼らはさらけ出します。
共感性羞恥……までいかないとしても(いく人もいるかも?)、少なくとも少年漫画の主人公みたいにひたすら迷わなかったり諦めなかったり、特別なスキルがあったりする2人ではない。

そしてこれは往復書簡式小説であることの良さだと思いますが、手紙に書くこととしてピックアップされた12年間分の人生を2時間とかそこらで読むっていうのは、何かの始まりだったかもしれない過去の一部について割と記憶に新しいうちに、彼らの人生がどう進んでいくか、読み進めて知っていくということでした。

私は自分の過去とかをがっつり重ねながら読んだわけではなかったですが、でもさすがに読みながら大学生の頃をちょっと思い出したり、社会人になってからのこれまでの引っ越しとか転職とかの個人的な事件に一瞬思いを馳せたりはありました。
読み終えてから、(自分の人生には)これからも事件が起きるんだろうなと思ったり、今も何かの始まりなのかもしれないと思ったり、そういう心の動かし方をさせてもらいました。

ちなみに、、、等身大な主人公たちの特別なところを挙げるとすれば、12年間文通を続けているところですかね。
どっちも書き続けているところ、普通じゃないですし、関係性ももう……お互い相手のことが相当特別じゃないとできないことですよ。
しかも主に文通で関係性を続けていこうとするあたりにこだわりと拗らせてる感(失敬)を感じますね。

そこの、2人の関係性がどういう形に着地(?)したところで物語の結末を迎えるのかというところはちょっと置いておくとして、でもこの小説の終わり方は、彼らが――成功を手にして終わる? 幸せを手に入れようとして終わる? そのあたりが個人の判断に委ねられるような、そんな穏やかで前向きな終わり方だと思います。

その前向きさも、ちゃんと向き合うべきものに向き合って、落としどころを見つけて、納得して――だから前に進めるようになった。
当たり前に挫折も悔しさも、そして逆に喜びや成功もした彼らが出した結論が、堅実(?)で前向きなものだったこと、割と気に入っています。

ちょっとダサさすらある等身大の主人公たちが、生活や夢に翻弄されて挫折もして、最後に前を向く話が好きな人」と冒頭で説明しましたが、そういう説明ができるような、ある意味王道のようなストーリーかと思います。
でも等身大な彼らだからこそ手に入れた結末(あるいは彼らにとってのこれから)や考え方が、私は結構好きでした。

おすすめ本紹介としてここまで読んでくださった方はありがとうございます!
興味のある方はぜひ読んでみてください。

読書感想文:青さや苦さを乗り越えて飲み込んで、光に眼差しを向ける

ここからはネタバレありです!
ちょっとだけ空白あけます。

さて! 読みながらどうしても文句を言いたかったことは、

・本当に2人ともめんどくさい!!!
・付き合ってたのかよ!!!
・元彼と文通を続けるな!!!
・婚約相手がいると知っていながら文通を続けるな!!!

このあたりですね。書けてすっきりしました。笑
そして作品があの形で結末を迎えたのはすごく納得ですが、身も蓋もない感想を白状すれば、さっさともう一度付き合いだして、ちゃんと恋愛感情を認め合った両想いのパートナーになってほしい。笑

前述した「でも2人にまつわることだと前提を共有しているから事実だけさらっと書かれてて、その余白に何があったのか『は???』ってなる瞬間」の最たるものが2人が恋人期間を挟んでいたことでした。
本当に2人ともめんどくさい。

それから紹介の最後の方で書いた「堅実な前向きさ」という言葉で伝えたかったのは、以下の運命についての言葉でした。

ひたすらに無機質で、無感動な毎日、そこに潜む微かな明るさを、絶えず拾い、眼差しを向け続けること。それが運命を手にするために必要なことでした。
p.204
僕たちは、ある一瞬の風景を切り取って、これは運命だ、あれは運命の二人だ、なんて言ってしまうけれど、運命ってそんな単純なものではないですよね。運命は、運命だと思ったからには、運命にし続けなければならないのだと思います。
p.207

「眼差しを向ける」、好きな言葉です。
今書いてて思いましたが、作中でも登場した「視点を得る」というのはこういうことなのかもしれないですね。
2人の言葉に共通しているのは、発生したことについて運命と名付けるのではなく、自分の意志で「そう」だと決める、というところだと思っていて、何かに期待したりするのではなくて自分の意思に基づいているというのは、偶然性に頼ることがないので、堅実だと思ったのです。

でもそれ(自分の意志で「そう」だと決めること)は例えば私にもできることで、だからこの小説が結末に向けて得ていった考え方は好きだな~と思います。

あと私は中村航さんのファンなのですが、航さんの書いたエピローグ、好きな要素ですごく嬉しかったです(興奮しました、が適切かもしれません……)。

 きっと、現在も進行する物語の始まりは、過去のどんな瞬間にも含まれている。
 あらゆる過去の瞬間が、今の僕と先輩に繋がっている。
p.216

これまでを踏まえてこれからに向かう物語が、好きなんですよ……。
もう4年近くも前の記事ですが、一番初めのnoteの記事でこんなことを書いてました。

”航さんの作品を読んでいると、現在は、実は過去から繋がってきたものなのだ、という当たり前のことを発見した気分になることがあります。意識していなかったような過去の出来事が現在にまで届いて繋がって、新しい物語になる、という流れには説得力があって気持ちよくて、航さんの作品のそういう瞬間が私は大好きです。”
「分からなさ」は可能性だから好き|ハセベアツ|note

中村航作品について語りたいわけではないのですが、でもとにかくこういう要素が好きなので、この小説は自分が好きな要素と出会える小説だったなあと思っています。

あとあと、その前で「先輩について、僕らの関係性について、知りたいことはまだたくさんある。これからどんなことが起こるのかも、僕にはさっぱりわからない。」とも彼は零しています。
でも、わからないから知りたいという気持ちが生まれるのだし、わからないということはこれから決めていけるということで、彼らはもう、運命は自分の手で運命だと決めるものだと思っている。
だからこれからどんなことが起こるのかわからなくても、その語り口は爽やかで前向きに聞こえるのだと思います。

終わり方がプロローグに繋がっているのも、リレー小説で繋いできた小説としてこういう仕掛けで終わるのは面白いなと思いました。
本当にいい読後感だったなあ。

というあたりで、今回の記事は終わろうと思います。
参加者としてのひいき目が全くない状態で書けたかはあまり自信がありませんが、好きだった理由を書けたり登場人物にツッコミを入れられたりして楽しかったです。笑

読んだ方が楽しめたり、読みたいと思ってくれた方がいたりしたら幸いです。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

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