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立法学入門コラム 国会とDiet

 我が国の国会の英語での表記は、the Dietである。この点についての文献としては、佐藤功「統治機関の名称―日本語と英語」『憲法研究入門 下』1頁以下(日本評論社、1968)所収、麻生茂「「国会」の英訳Dietについて」国立国会図書館月報167号16頁以下(1975)、堀内克明=V・E・ジョンソン「英語Q&A The Diet/Congress/Parliament」週刊ST55巻2号(2005年1月14日)がある。なお、国会を指すDietは、本来普通名詞であり、特定(固有の)場合であることを示すために定冠詞であるtheを付ける(堀内=ジョンソン「英語Q&A」)。
 この場合、国会の正式の名称が日本語の「国会」というように、我が国の国会に当たる各国の議会の名前は、それぞれ、各国の公用語で定められている。問題は、英語で表記する場合にどのようにいうかである。この場合、英語圏の国では、その正式名称がそのまま使われることになる。また、欧米の国の場合は、各国の言語によるものと対応する英語が存在する(たとえばフランスでは、国の上下両院をまとめた議会という場合はParlementであるが、これは英語のParliamentに対応するというような場合である。)ときには、その英語表記を用いることになるし、基本的にアルファベットを用いているような場合には、その国での名称を英語でもそのまま使うことも多い(たとえばスェーデンの議会は、Riksdagであるが、英語の場合もそのままの表記とする。)。
 Dietの由来について、堀内=ジョンソン「英語Q&A」では次のように書いている。

 もともとDietは、神聖ローマ帝国の帝国議会(Reichstag)の別称であったので、辞書によって、「ドイツでもDietと言う」となっています、ただし、今日のドイツではDietは用いません。さらに古くは、ラテン語diaeta(公の集会日。一日の仕事、暮らし方、毎日すること)にさかのぼり、ラテン語diēs(日)の影響を受けました。
 太りすぎの人のダイエット(規定食)を指すdietも、国会を指すdietと同源につながりますが、意味がかなり離れたため今では別語と感じられます。
 単語力を付けるための本に、The member of the Diet is on a diet.(その国会議員はダイエット中だ)という暗記用例文がありましたが、その2語は語源上つながっているのです

 LEXICO powered by Oxfordでのdietでは、食事の方の意味の語源は"Middle English from Old French diete (noun), dieter (verb), via Latin from Greek diaita ‘a way of life’."であり、議会の意味の語源は"Late Middle English from medieval Latin dieta ‘day's work, wages, etc.’, also ‘meeting of councillors’."であるとしている。
 この点については、ドイツ語の議会が-tagとなっていて、そのTagが「日」の意味があることも関係しているかもしれないと考えている。そのため、ドイツ語での議会についての英語訳として用いられ、例えば、神聖ローマ帝国の帝国議会ReichtstagがThe Imperial Dietと訳されるということになったのではないかとも思われる。一方、英語のdietに当たるドイツ語のDiätには、議会の意味はなく、ダイエットという意味だけのようである。なお、ドイツの連邦議会Bundestagのホームページの英語のトップページでは、The German Bundestag is the national Parliament of the Federal Republic of Germany.としている。
 国会がthe Dietと英訳されるのは、明治憲法での帝国議会がthe Imperial Dietと訳されているのを引き継いだからである。明治憲法制定時には、すでにこの訳語だったようで、伊藤博文らが明治憲法を起草した後、『憲法義解』を著し、伊東巳代治に命じてその英訳を作らせたが、その英訳でこの訳語を用いている。このようにしたのは、後出の帝国議会での質疑にもあるように、憲法についてプロイセン等に範をとった関係で、帝国議会をドイツ語のReichstagとして考えていたことから、その英訳では、the Imperial Dietとなったものであろうと思われる。
 この「国会」がthe Dietと訳されることについて、帝国議会での日本国憲法の審議でも、次のような質疑があった(第90回帝国議会衆議院帝国憲法改正案委員会議録(速記)第17回(昭和21年7月19日)23頁での笠井重治委員〔無所属倶楽部〕の質問と金森徳次郎國務大臣の答弁)。

○笠井委員 最後ニモウ一ツ伺ヒタイト思ヒマス、先般來憲法審議ノ際ニ此ノ議場ニ於テモ屢〻皆サンガ仰シヤルコトデアリマスガ、卽チ英文ノ憲法草案ト云ヒマスカ飜譯ト日本語ノ關係ニ付テ、「プレアンプル」──前文ノ「ドラフト」ノ中ニ入ツテ居ルノデスガ、我ガ國ノ今日マデノ議會ト云フモノハ「インペリアル・ダイエット」ト云ツテ、伊藤公ノ憲法義解以來「ダイエット」ト云フ字ヲ使ツテ居リマス、ソコデ今後ハ英文ハ固ヨリ從ニナルコトハ當然デアリマスガ、此ノ英文ガ常ニツイテ廻ルコトト思ヒマス、ソコデ今日マデ使ツテ居リマシタ「インペリアル・デイエット」──日本ノ帝國議會ト云フモノガ、今囘ハ「ナショナル・ダイエット」ト云フ「ナショナル」ト云フ字ニ變ツテ居リマス、「イギリス」ノ議會ハ「パーリァメント」ト稱シ、「アメリカ」デハ「コングレス」ト云フ、各國デ「コングレス」又ハ「パーリァメント」ト云フ語ヲ使ツテ居リマスガ、我ガ國ガ「ダイエット」ト云フ字ヲ使ヒ始メタノハ、御承知ノヤウニ伊藤公ガ「ヨーロッパ」ヘ參リマシテ「プロシャ」「オーストリア」ノ憲法ヲ主トシテ取入レテ、「ダイエット」ト云フ字ヲ使ヒ始メタノデアリマシテ、此ノ際司命部ガ「インペリアル」ヲ「ナショナル」ト云フ字ニシタノナラバ、此ノ「ダイエット」ト云フ字ハヨク食物ト云フ意味ニ混同サレル字デアリマスカラ、之ヲ捨テマシテ、寧ロ「ナショナル・コングレス」又ハ「シャパニーズ・パーリアメント」トカ、成ベク一定ノ譯語ヲ御使ヒニナリマスルヤウニ御注意申上ゲタイト思ヒマスガ、其ノ點如何デゴザイマセウカ
○金森國務大臣 ドウモ英語ノコトヲ能ク知リマセヌノデ、御注意ノ點ハ能ク承ツテ置キマス

 また、笠井議員が所属する無所属倶楽部は、「日本國憲法草案前文 無所屬倶樂部修正案」において「前文中の「國會」の英譯の「ナショナル・ダイエット」を「パーリァアメント」又は「ナショナル・コングレス」に變更する」ことも求めた(第90回帝国議会衆議院帝国憲法改正案委員小委員会附録24頁)ということもあった。しかし、結局、この訳語の見直しはなされなかった。
 なお、憲法の英訳に関連して、憲法前文第1項第1段の「国会」はthe National Dietと訳し、憲法第4章の章名を含め、前文以外のところでは「国会」をthe Dietと訳しているという問題がある。この点については、この問題を含め、憲法前文第一項第一段の「国会」の意義について、初宿正典「日本国憲法前文冒頭における「国会」の意味―憲法制定権力論への若干の覚え書き」法学論叢133巻6号1頁以下(1993)が論じている。

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