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ぐるぐる話:第32話【驚愕の事実】 @1139


脱衣所で女将にこっぴどく怒鳴られたあと、杏の言葉に大粒の涙をポロポロとこぼしながらすみれは言った。


「すべての話をするには時間がどれくらいかかるかわからない長い話なんです。ここで立ち話をしていたら、また女将さんに何か言われそうで・・・でも、ずっとひとりで抱えてきた秘密があるんです。いつか誰かにすべてを聞いてほしい・・・そしてここから私を救い出してほしいって・・・そう思っていました・・・。」


「そうなのね・・・そんなに辛かったのね・・・」


すみれの吸い込まれるような黒い瞳からこぼれる涙を、杏は自分のポケットから出したガーゼのハンカチでそっとぬぐった。竹でできた長椅子の前でふたり正座して隣り合わせに座っていると、ずっと昔からすみれと友だちだったような不思議な気持ちになった。


「わかった!じゃあさ・・・すみれさん・・・私たちのお部屋にきてよ!お座敷を注文するから・・・お座敷ってお願いしたことないから解らないけどそもそも何人で来てくれるの?二人?三人?それとももっと大勢なの?」


「いえ・・・うちのお座敷は舞妓の私と芸妓の槇姉さん、それと地方の桂姉さんの三人だけです。ただ・・・さっき女将が夜もあるって・・・おそらくお座敷かかってるんだと思います。だからそれは無理かもしれません。」


「そうかしら・・・何事もやってみないとわからないって言うでしょ?でも急いだほうがいいみたいね・・・お部屋に帰ったら木綿子さんに話をして、お座敷お願いしてもらうから・・・ね・・・」


言いながら杏は立ちあがりすみれの手をとった。着物を着て正座をしているというのに、すみれはまるで龍が空へ昇って行くような軽やかさでふっと立ち上がって着物にできたしわを伸ばす。


「ありがとうございます・・・杏さん・・・なんだか・・・私さっきからすごく不思議な気分なんです。杏さんとは昨日はじめてお会いしたばかりだというのに、もうずっと以前から知り合いだったみたいな、そんな気がしているんです。なんだか不思議ですね・・・ふふふ」

すみれの表情から悲しみの色が消えると同時に、両頬には小さな笑窪があらわれた。


「そうと決まれば善は急げね!私はお部屋にもどるから、すみれさんはお仕事にもどって待っていてね!必ずお話聞かせてもらえる時間を作るから!」


杏はバスタオルを大きな柳の洗濯籠の中に放り投げるようにいれると、足早に脱衣所から姿をけした。鏡の前に立つすみれは、崩れた襦袢の襟元を直角に直し、着物の襟を正し、お端折をぐいっと引っ張った。そして、白くて細い両手で自分の頬を二回パンパンと軽く叩くと自分自身に気をいれた。


女将に言われたとおり、急いで残りの掃除を済ませ杏と同じように一目散に事務所へもどって行った。




第32話 へつづく 1139文字


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