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ぐるぐる話:第33話【お座敷遊び】 @2543


部屋にもどった杏は、そこに久しぶりに会う父親の龍之介がいることに驚いた。そして何かが動き始めていることを感じる。父親との再会の挨拶もそこそこに、杏は木綿子のそばに座布団をおいて座ると浴室であったことの一部始終を順を追って話した。


「ふうん・・・なんだか気にいらない話だね・・・。すごくすごく嫌な感じがするよ・・・。」

「でしょ?すみれさんったら泣きながら誰かに聞いてほしかった・・・そう話していたもの・・・でもね・・・仕事中にそんな無駄話なんかできるはずないって言うから、だったらお座敷を注文するから!ってすみれさんに話したの。ね?!木綿子さん・・・いい考えでしょ?お座敷でお部屋にきてもらって、舞や唄はなし・・・お話だけ聞かせてもらったらどうかと思うの。」


「杏・・・冴えてるね・・・それはいい考えだと思うよ・・・。じゃあ早速フロントに電話をしてみるね・・・」


「うん・・・そうして!でもね、さっき女将が“夜もあるんだから!”って話してたの・・・だから、もしかしたらもう先約があるかもしれない・・・ってすみれさんが心配してた・・・ねえ・・・そういえば・・・美花さんと花音ちゃんはどうしたの?」


「ああ・・・お昼寝をしていなかったせいで、ご飯を食べたら花音ちゃんが急に眠たくなってぐずりだしてね・・・ついさっきお部屋に戻っていったんだ・・・杏先生によろしく!って言ってたよ。」


「ふうん・・・そうなんだ・・・ああ・・・ごめんごめん、木綿子さん、とりあえずまずは電話!電話!」


「あ!そうだね・・・いけない・・・横道にそれちゃって・・・まずはフロンに電話してみようね・・・」


木綿子はに立ち上がり受話器を手に持つとフロントのボタンを押した。


「ああ・・・欅の間ですけどね・・・お座敷をお願いしたいんだけど・・・ええ・・・ええ・・・そう・・・舞妓さんが?・・・そうなんですか?芸妓さんは?・・・そう・・・地方さん?・・・ええ・・・それは別に構わないけど・・・ええ・・・じゃあお願いしますね・・・え?時間?・・・そうね・・・こちらはいつでも構わないから、そちらのご準備が整ったらお願いできますかしら?・・・ええ・・・ええ・・・はい!じゃあお願いしますね!」


受話器を置きながら親指を立てる木綿子の顔には笑みが浮かんでいた。


「なんでもさっきまでお座敷の先約があったけれど、すみれさんの具合があまり良くなさそうだから、丁重にお断りしたそうなんだよ・・・でも、このお部屋なら女しかいないし・・・まあ龍ちゃんはいるけど、女所帯だから気遣いも少なくてすむし、すみれさんの担当の部屋だからってことで、準備ができ次第、部屋にきてくれることになったよ。」


「よかった!!!」

「おーーーーそれはよかった」


杏と龍之介の顔もゆるむ。


「さあ・・・でもたいへんだ・・・いくら田舎の温泉宿のお座敷といったって、お座敷はお座敷だものね?遠い昔にね、一度だけ本場のお座敷遊びを光ちゃんと一緒にしたことがあるんだけどね・・・贅沢な遊びだよ!お座敷遊びってもんは・・・」


「へえ・・・そうなんだ・・・まあ気軽にできる遊びではないってことは何となく知っていたけど・・・そんなに?」


「そうだね・・・本場の相場でいうとね・・・舞妓さんと芸妓さんと地方さんにそれぞれお花代として3万から5万円、そのほかにお酒や食べ物の飲食代に1万から2万円、ご祝儀をそれぞれ皆に1万から2万円でしょ、心付け・・・これはチップだね・・・それが2万円・・・全部あわせたら最低でも20万円はかかるかな・・・?」


「えーーーーーーーーーーーーーーーー?!うそでしょ?だって三味線弾いて唄って踊って野球拳するだけなんでしょ?」


「そうだね・・・そういう見方もある。でもね・・・とにかく宴を楽しく盛り上げるプロ中のプロなんだ・・・それはもう見事としか言いようがないくらいの徹底ぶりなんだよ・・・女の私でもね、なんていうか気持ちよくお酒が進んでね・・・頭が下がるくらいの徹底した乗せ上手・・・って言えばわかってもらえるかい・・・?」



「ほほう・・・それはそれは、ぜひ本場を味わってみたいですね?」


龍之介が笑いながら言った。


「舞妓さんってのはたいてい15歳でその道に入ってから芸妓さんに上がるまでの間に、うんと稽古を積んで、そりゃもう血の滲むような努力をするんだ・・・やっと一人前の芸妓さんになるのが二十歳くらい・・・そして最後まで貫く人は地方としてお三味を弾く・・・」


「へえ・・・そうなんだ・・・じゃあ三味線弾いている人も昔は舞妓さんで芸妓さんだったってことなのね?」


「そうだね・・・そういうことだね・・・だいたいの宴の成功ってのは地方さんにかかってるって言ってもいいくらい・・・重要なポジションなんだよ。なんていってもその場のすべてを仕切っているのが地方さんだからね・・・」

「へえ・・・そうなんだ・・・すごい人なんだね・・・」

「いつ旦那衆に目をかけられてもいいように気張ってるから、年取ってもいい女が多いし何より気持ちがいいね・・・御茶屋へ足を運ぶ人ってのはそれなりの人だからね・・・政治の話や経済の話、株価の動きや世界情勢なんかについても、そりゃもう熱心にみな切磋琢磨で勉強には余念がないよ・・・それなりに努力を惜しまず頑張っている人っていうのはいくつになっても気持ちがいいもんでね・・・その時知り合った地方さんと、あたしは今でも時々話をしてるんだ。」


「へえ・・・木綿子さんにそんな仲良しさんがいたとは、今の今まで知らなかった・・・。」


「ふう・・・やっとここまできたね・・・さっきのとあわせて4000になりそうだ・・・でもまだ大事な話が残ってるじゃないか?いいのかい?これで・・・」


いえ・・・よくありません・・・なのでもうひとつ、続けていきます。ITO


「そうかい・・・じゃあこのまま話をしてもいいんだね?」


はい・・・申し訳ありませんが、次回の続きでそのあとお願いします。ITO


「ってことだよ?皆さん・・・ちょっと続くけど、辛抱してつきあってやってくださいな!あとで全部くっつけるって言ってるから、なんだか変なことになってるけど勘弁してあげてちょうだいよ!私からもお願いだよ!」



第33話へつづく


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