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ぐるぐる話:第30話【お米さん】@3464


龍之介が言う。


「いや・・・ほんとに美味い!こんな美味い食事・・・最後に食べたのはいつだろう・・・ベタなこと言うようだけど、日本人にはやっぱり和食がいちばん合っているんだろうな・・・食べた次の瞬間にはもう、その食べ物が70兆の細胞に沁みこんでいくような、そんな気さえするんだから・・・」



「何をいってるんだい。そんなに急いで掻っ込むように食べておいて、味なんかわかるもんかね!」

言いながら木綿子はお付けをすすった。香の物をほんの少しだけ白ごはんの上において、その両方を器用に箸で掬うと口の中へ放りこむ。そして満足げに大げさなほどに何度も噛んで白ごはんを味わう。


「ほっんとに美味しいごはんだよ!ね?美花さんもわかるだろ?普通のお米の美味しさとは違うってこと!なんていうか・・・そう力(ちから)があるっていうのがぴったりかもしれない・・・米ってくくりの中に入れちまうのが勿体ないくらい・・・たいしたお米だよ!いや・・・これはもうお米さんだね!さん付けしてお米さんって呼ぶことにするよ!」


「くくく・・・ママ・・・おこめさんだって・・・おばあちゃま・・・おこめさん・・・っていってる・・・おもしろいね・・・」


花音が笑う。


「そうね・・・おばあちゃま、オモシロイね。ママも花音とおんなじ、おばあちゃまオモシロイなって思った。でもね・・・おばあちゃまの言ってる通りかもしれないよ・・・。花音はまだ小さいからわからないと思うけどね、この白ごはんは、ママが今まで食べてきたどのごはんより、うんっと美味しいの!だからお米・・・じゃなくてお米さん・・・そう呼んであげてもいいかもしれないよ・・・?」


言いながら美花は箸でほぐした花音の料理を、ミッフィーのイラストが描かれた小さな皿にとりわける。


「わあい!わあい!おこめさん!おこめさん!おいしすぎるからおこめさん!ふふふ・・・」


たくさんのごちそうに箸を持つ花音の機嫌も上々だ。

すみれが卓の上に並べた華やかな料理たちは、見た目よし!味よし!の文句なしのごちそうだ。けれど、この楓屋の食事のいちばんの推しは、ほかでもない、そのお米さんと言われている白ごはんだった。

「契約農家さんから無理いって特別にわけてもらっているお米をブレンドしてお出ししているんですよ!」



スリッパをはいた到着早々の木綿子たちのそばへ歩み寄り、深々と頭をさげお辞儀をしたあと、まるで別人のような艶やかさで鬢をかきあげながら女将が自慢気に話していただけのことはある。無農薬で育てているという米の味といったら、今までに食べたどんな銘柄の米にも勝るものだった。



「いや・・・龍ちゃん・・・あ・・・美花さんもね・・・本当のところを正直にいうとさ・・・最初聞いたときはさ・・・けったいな横文字の名前なんてつけて、まったくどういう神経してるんだよ!どうせたいした味じゃないだろうよ!なんて思ってたんだよ!でもさ・・・大間違いだよ!本当に物事っていうのは百聞は一見にしかず!だね。“栃木の名物・ナチュラルな朝日”・・・こんなに美味しいごはん・・・おかずなんかいらない!お付けと香の物だけで十分だよ!杏にもはやくこの美味しさを味わってほしいもんだね・・・うちの娘たちはみんなごはん食いだからさ・・・きっとこの味の違いもわかってくれるはずなのに・・・ほんとにもう・・・杏ときたら・・・」


箸と口をのんびりと動かしながら木綿子がじれったそうに話す。正面に座る美花と花音は、食べきれないほどのごちそうをやっとのことで、たいらげようとしていた。昼寝もしないでこの時間まで機嫌よくいられるなんて、信じられません・・・と美花が驚くくらい、花音は上機嫌で眠気のかけらすら見えなかった。


「あんせんせいは?あんせんせいはどこいっちゃったの?」


花音が不思議そうに訊ねる。花音が通っている幼稚園に杏が実習生として絵本の読み聞かせをしにきたことがあり、花音は杏のことをその当時のように“あんせんせい”と呼んでいた。


「ホントにね・・・杏先生はどこ行っちゃったんだろうね・・・。こんなにたくさんのごちそうが待ってるっていうのにね・・・。お米さんが泣いちゃうよね?さ・・・花音ちゃんも、早く食べないとそろそろオネムになるからね、お米さん集まれ集まれして・・・一粒も残さないようにね・・・全部たーんと食べて・・・ね・・・。」


木綿子が言うとおりだった。普段は寝起きでもなんでも、美味しそうな食事を前にすれば・・・というか、美味しそうな白ごはんを前にすれば、たちまち機嫌がよくなる杏であり柚だった。


だから、到着後すぐに女将が“ナチュラルな朝日”の話をしたとき、木綿子がまゆつばだったのとは裏腹に杏と柚はふたり顔を見合わせて色めきたち、すぐさまスマホで検索をかけると、そのお米はあの有名な奇跡とりんごの作者に繋がっている・・・という事実までつきとめた。そんな白ごはんを食べることをあんなに楽しみにしていたのに・・・。食欲がないから少し散歩へいって来る・・・杏が急に言い出したとき、木綿子はまるで宇宙人にばったり出会った人間のように、「へ?」と言ったきり返す言葉が見つからなかった。


それくらい、この家の女たちは白ごはんに目がないし、食べ物に対する執着心が強かった。だから、杏が散歩へ行きたいと言ったその瞬間、昼寝する前からすみれが卓にごちそうを並べるまでの僅かな時間のあいだに、食欲もなくなってしまうような何かが、杏の中に起こったんだろうな・・・木綿子にはピンときた。


けれど、その様子からすぐにどうこうできるような状況でないことも十分に理解できた木綿子は、肩を落として部屋を出て行く杏を黙って見送ることしかできなかった。


柚のように、命に関わることではないにしても、あの食いしん坊の杏の食欲をなくすんだ・・・相応のことなんだろう・・・さて・・・どうしたものやら・・・小さな蜘蛛がくすんだ色の蜘蛛の巣をはっていくように、こころの中が少しずつ薄暗くなっていくの感じた木綿子は、それを払いのけようとするかのように大声でいった。


「でもよかったよ!食欲ないからそのへん散歩してくるなんて、杏が勝手なこと急に言うもんだから、どうしたもんかと思ってたところに、ちょうど龍ちゃんがやってきてくれてさ!あんたのタイミングの良さは、ほっんと昔っから天下一品だね!でもね・・・それにしても龍ちゃん、あんた人が悪いよ!来るなら来るってもっと早くに連絡くらいよこせばいいじゃないか?」


「ははは・・・すみません・・・お義母さん・・・ちょっと色々とアレでね・・・まあ・・・こうして美花さんとも、花音ちゃんとも会うことができたんだ・・・すべて計画通りってことでいいじゃないですか?」


「何が計画通りなもんかね・・・柚がたいへんな目にあった時には電話にさえ出なかったくせに・・・まったく・・・調子のいいこと言っちゃってほんとに・・・たいへんだったんだんだからね・・・」


言いながら目に涙をためる木綿子。


「ははは・・・お義母さん・・・すみません・・・いろいろと順番が滅茶苦茶になってしまって・・・一応これでもちゃんと・・・というか・・・その頭の中ではイメージしている理想の形なんてものがあったんですよ・・・。でもたいてい僕の場合はいっぺんに計画通りにいった試しがなくて、いつもその・・・なんというか・・・軌道修正をしながら・・・なんとかかんとか目的地へやっとこさ辿り着く・・・っていうのが・・・その・・・定番になっているというか・・・」


「もうなんだい?まどろっこしいね・・・そうだ・・・そういえば、龍ちゃんが突然きたから大事な美花さんの話が途中になっていたよ・・・もうあたしもそろそろお仕舞いにするからさ・・・美花さん・・・悪いけどほら、そのポットをこっちへ持ってきて・・・お茶いれるから・・・ね・・・食後のお茶にしようよ・・・」


そう言われた美花は立ち上がってグレーのポットを木綿子のそばに置いた。


【 第31話につづく 】




あとがき

ぐるぐる話が終わってしまう・・・という現実逃避の浪漫飛行から、なにひとつ伏線の回収もできず、話が解決していないため(笑)、たいへん恐縮ですが、も一度続けて私(ito)が物語りを紡がせていただきます。ぶちこんだ案件が少し大きすぎた?(笑)でも大丈夫・・・イメージはできていますので、ご心配なく、ただ次のkichinosukeさんには、ちょいとご迷惑がおよびますこと、ご了承いただきたくお願いいたします。 itoより




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