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少しずつ増えることでいつの間にか大きな飛躍につながる

歴史の話を読んでいると,不思議に思うことのひとつは,「どうして何千年も低空飛行みたいな時代が続いたのだろう」「今みたいに発展したのがほんの最近なのはどうしてだろう」ということです。

今の私たちの世の中の発展を考えると,「これが当たり前のことだ」と考えてしまいがちです。しかし,人類の歴史全体を考えれば,今のような発展はほんの一瞬ですよね。

時間の長さ

平成の30年間だけを考えても,その間にはインターネットとデバイスの発展というとても大きな出来事がありました。それを考えるだけでも,もう昭和の終わり頃の世界には戻れないのではないでしょうか。「スマホがない」「ネットがない」「wifiにつながらない」と考えるだけで,「水道がない」「電気がない」と同じくらいのインフラの欠如した世界に思えてしまいます。

いや,当時は私自身も,当たり前のようにその時代を過ごしていたわけです。当たり前のものがなくなることへの抵抗がいかに強いかということでしょう。

組み合わせ

どうして,長い期間,スマホのようなものが登場しないのでしょうか。

それは,すでに存在するものを組み合わせることと,ないものをつくり出すこととの違いだろうと思います。すでに存在するものが高度なものであれば,それらを組み合わせることで一気に複雑なものをつくり出すことができます。しかし,そのいちばん基礎となるようなものをつくり出すには,長い時間がかかるのです。

車輪と木の棒とボルトにナット,歯車,チェーン,などなどがあれば自転車をつくることができそうです。ところが,世界で最初に車輪や歯車を考え出すまでに,ものすごく長い時間がかかっています。車輪や歯車はとても基本的なパーツですが,高速に回転する運動を利用する装置をつくり出すためにも,その精度をある程度のものにするにも,それ以前の基礎的な技術つまり鉄を精製するために高熱を利用するとか,精製するための化学的な知識であるとか,硬いものを削る技術であるとか,多くの知識や技術の組み合わせが必要になってきます。

ほとんどの知識や技術は互いに結びつき,また結びついたものが結びつき,次第に複雑な構造のものへとつながっていくのです。

トースターを作る

こういった話で面白いのが,「ゼロからトースターを作ってみた結果」という本です。

この本を読むと,どこの家庭にもある,焼けるとぴょんとパンが飛び上がってくるあのトースターを,最初の鉄やプラスチックを作るところからやってみようとする話なのですが,それがいかに難しいことか,個人の手に負えないことがどれだけあるかがよくわかります。

知識も同じ

ネットワーク上につながって,結びついて,さらにそれらが結びついてより複雑なものになっていくというイメージは,知識についても同じことが言えます。

本を読んだり授業を聞いたり,ネット上でもよいのですが知識を身につけていくことは,自分の中にある知識と知識をネットワーク状に結びつけていきます。そして新しい知識は,そのネットワークの中に組み込まれていきます。

そしてときに,良質な知識というものは,ネットワークのハブとして機能します。つまり,多くのネットワークを結びつけるターミナル駅やハブ空港のような役割を担うということです。そのような良質な知識というものは,それほど多くはありません。

見つける

ただし,単に知識を目にしているだけでは,そのようなネットワークをうまくつくることができるわけではありません。

情報を受け取る側の私たちが,その情報を受け取る準備ができていないと,目の前の情報は自分にとって大きな価値をもたらさないのです。

たとえば以前,「不潔の歴史」という私がとても気に入っている本について記事を書きました。

私はこの本のことが気に入っているのですが,「面白い」と思わない読者も,もちろんいることはわかっています。

私がなぜこの本を面白いと思ったかというと,私がそれまでに(それほど多くはありませんが)ヨーロッパのホテルに泊まった経験があったり,海外のいくつかの心理学の論文を読んでいて不思議に思った経験があったり,他の本で読んだ知識があったりして,その知識どうしはうまく結びついていなかったところに,この本で提供された「ヨーロッパ人は最近までほとんど風呂に入る習慣がなかった」という情報が,一気にそれらを結びつけるハブとして機能したからです。

それは「ああ,そうだったのか」という,知識を手に入れることの喜びに近いものです。こういった経験はそれほど多いわけではありません。

提供者として

私自身,このような情報の提供者としての立場もあるわけです。大学での授業や,本を書くことを通じて,ひとりでも「ああ,そういうことだったのか」という経験をもってもらえればいいなあ,と思うわけです。

そして研究者としては,それまでに誰も知らない,新しい知識を生成する立場でもあります。多くの研究者たちが「ああ,そういうことだったのか」と思えるような,誰も気づいていない知識を生み出すことができればなあ,とも思っています。

たとえ新しい知識を生み出さなくても,自分自身が「そういうことだったのか」と思うことができれば,楽しいものだと思います。それが,知識がつながっていく感覚ではないでしょうか。

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