よい仮説を立てるコツ

以前,リサーチクエスチョンを立てるコツについて書いたことがあります。よいリサーチクエスチョンを設定するには,単純すぎず複雑すぎず,焦点を明確にして,回答可能で,価値判断に注意しつつ,抽象的すぎず,理由の立て方に注意し,オリジナリティを考える……そういったことに注意しいていくのがよいだろう,という話でした。

今回は,次の記事(Developing a Hypothesis)を参考にしながら,「よい仮説を立てるコツ」について考えてみたいと思います。

リサーチクエスチョンは,研究の「意思」のようなものです。「私はこういった研究をしていきます!」という宣言です。それに対して仮説は,「これが予想される」という研究結果の「予測」のようなものです。リサーチクエスチョンと仮説はともに,研究を進める上で欠かせない要素です。

仮説を立てるか立てないか

そもそも,研究を行う上で「こういった研究をしていきます」というリサーチクエスチョンは欠かせないものなのですが,仮説は必ず必要というわけではありません。

「こういった調査をして,出てきたものを解釈します」というかたちの研究を行うことはあります。そういう研究では,現象を見てそれを整理して,そこから次に仮説を立てていく(そして次の研究でその仮説を検証していく……自分がやるかどうかは別にして),ということをします。そういう研究を「探索的な研究」と呼ぶこともあります。

研究において,仮説は必ずしも必須というわけではないのです。

理論と仮説

心理学に限らず多くの学問はそういうものだと思うのですが,学問というものは世の中にある現象を,何らかの説明や解釈で記述していく営みです。実際の現象を,抽象的な数字,構造,プロセス,機能といったもので説明しようとしていきます。実際の現象をモデルに置き換えると言うこともできるでしょうか。

リサーチクエスチョンの説明の時にもコツの中で出てきたことなのですが,たいてい心理学の理論は検証されることを期待されています。何らかの形で「確かめられる」ということに価値があると考えられます。ただし,たいていの理論はそのままでは確かめることができません。理論をうまくデータ(数字や文字など)に置き換えて,その置き換えられたもののなかで確かめる,ということをしていきます。

その中で,ある理論が正しいのであれば,このようなことが観察できるという予測のことを仮説といいます。これまでの研究を検討して,そこから考えて,ある研究の中で観察したことの中で何が起きるのかを予想します。

理論が正しいなら

仮説を導くためには,「もしこの理論が正しいなら,こういった現象が起きるだろう」と理論から推測するのがひとつのやり方です。

でも,実際には何をしているのでしょうか。

たとえば,なんとなく仮説を立ててから,その仮説に合うような理論を探して当てはめていく,という作業は実はたまにやることではないかと思うのです。「これとこれとの間にはこういう関連があるだろうな」という予想を立てて,そこから理論を探すのです。そして,理論が見つかると「この理論に基づいて考えると,この結果が予想される」と仮説を立てていくことになります。

もしも明確な理論がない場合は,理論から少しステップを置いて仮説を立てていきます。「この理論に基づけば」ということが言えなくても,この理論からおそらくこういう結果になるだろうと,少し曖昧なところで仮説にしていく方法です。

どちらにしても,自分が立てる仮説が「理論に基づいている」のか「理論から推測した,少し離れたところにある」ものなのかを,理解していきたいところです。

競合する仮説

仮説を立てようとするときに,ある結果を示唆する理論と,異なる結果を示唆する理論があると,面白いことになります。なぜなら,実際に「どちらの理論が正しいのか」を確かめていくことになるからです。

とはいえ,なかなかそううまく行くわけではありません。たいていの理論はこれまでにも何らかの形で検証されていて,手つかずのまま残っている仮説というのは,そんなにあるわけではないからです。

もしもお互いに違う結果を導くような,互いに競合する理論が見つかれば「ラッキー」です。きっと,研究のしがいがあるでしょうね。

あるいは,自分自身で違う結果を予想する理論を打ち立てて,実験や調査をしながらこれまですでに存在する理論とたたかわせていくという研究も,エキサイティングです。ぜひチャレンジしてほしいですね。

理論と仮説と検証のサイクル

このように見てくると,理論から仮説,そして仮説をデータで検証するという流れが見えてくるかと思います。

その先にあるのは,結果から仮説を修正していく作業です。そして結果に基づく理論がさらに形づくられ,そこから仮説を立ててまた検証し,さらに理論へとフィードバックされる……というサイクルが出来上がります。

ただし……そううまくこのサイクルが回っていくとは限りません。なかなか理論が修正されないとか,ちゃんと検証されない理論がそのままになっていくとか,そういったことも学問の世界ではよくあったりするものです。

そういう点では,学部生の皆さんでも理論を検証していくチャンスがあるということですね。

よい仮説とは

では,よい仮説にはどういった特徴があるのでしょうか。

第1に,何らかの形で検証できるという点です。理論が正しいかどうかを仮説にして,その仮説を確かめようとするわけですから,その「確かめ」ができないと困ってしまうというわけです。

第2に,論理的であることです。理論が背景にあるわけですから,どうしてその仮説が出てくるのかが論理的に説明される必要があります。

たまに卒論などで見かけるのが,仮説の理由として「この尺度の質問項目はこういう内容になっているから,こちらの尺度と関連が出る」といった形の仮説です。これは,方法の類似性で仮説を立ててしまっていますので理論に基づいておらず,イマイチなものに思えてしまいます。

第3に,これはつい忘れがちなことなのですが,仮説は「○○がある」という形をとることが大部分だということです。「関連がある」「因果関係がある」「影響がある」「分けることができる」……仮説は,こういった表現で記述されます。

「関連がないだろう」「違いが無いだろう」という仮説もないわけではありません。しかし,そこでは「何をもって『ない』とみなすのか」を明確にしておく必要があります。でも,たとえ「ここでの『ない』とはこういうことだ」と定義したとしても,その定義は必ずといっていいほど例外が含まれてしまいます。

このあたりのことは,「悪魔の証明」というキーワードで検索すると,例をたくさん目にすることができるのではないかと思います。

雪男が存在することを証明するには,捕獲して連れてくるか生きている様子を撮影すればよいでしょう。でも,「いない」ことは証明できるでしょうか。雪男を探そうとヒマラヤの山中をくまなく探しても,探検隊が見逃したかもしれませんし,たまたま隠れていたかも,探したルートにいなかっただけかもしれません。

これと同じように,「ある」という仮説は,その証拠がなければ「あるとはいえない」と結論をつけることができますが,それは「ないこと」の証明ではないのです。

というわけで,卒論などに取り組むときには,ぜひ仮説の立て方に注意してもらうと良いと思います。そろそろ卒論の提出シーズンがやってきますね。最後のスパート,頑張ってください。

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