幸福なネズミたちは自然と絶滅する
生命と進化を脅かすものには,「肉体的な死」と「精神的な死」があります。
野生生物が1匹(1頭)で死ぬことは,戦いや病気などさまざまな要因があります。しかし,集団全体,種全体が絶滅するという現象の背後には何があるのでしょうか。
今回はそんな問題に取り組んだ昔の研究を見てみたいと思います。1970年頃に研究され,1973年に発表された論文です(Death Squared:The Explosive Growth and Demise of a Mouse Population)。
死ぬ要因
自然界の動物たちが死んでしまう要因というのは非常に多くのものがあります。食べるものがなくなってしまったり,水がなくなってしまうというのも,大きな要因ではないでしょうか。
また,天候や気候の変化も大きな要因です。地形の変動によって,そこに生息している動物たちにとって厳しい気候へと変化することもあるでしょうし,人間が関与することで水が干上がったり,大きな気候医変動が生じることも考えられます。
また,病気や捕食によって多くの仲間が死んでしまう,ということも生じる可能性があります。人間が大量の動物を捕獲して絶滅に至らしめる,ということが歴史的に何度も生じていますよね。
ネズミたちの天国
では,寿命以外の死んでしまう要因を取り去ったとしたら,何が起きるのでしょうか。そこで,下の写真のような環境を作り,何度も実験を行いました。
この写真の施設の周囲は高さ54インチ(1.37m)の壁で囲まれています。広さは101インチ(2.57m)四方で,ネズミは壁の途中までのぼることができます。フロアと壁にはネズミたちが自由に行き来することができるトンネルが張り巡らされていて,休むことができる巣も用意されています。
食糧も水も豊富に用意されていて,食糧は実に9500匹分まで対応できるようにしていたそうです。気温は摂氏20度になるようにコントロールされていました。
増える
1968年7月,最初に生後48日の4ペアが施設に入れられました。その後,子どもたちが生まれるまで104日が経過しています。その後,約55日ごとに子どもが増えつづけます。20匹が40匹,80匹,160匹,320匹,640匹と倍々に数が増えていきました。
すると,増加の傾向が緩やかになる時期がやってきます。緩やかになる時期はおよそ145日間です。
食糧が与えられる場所は16ヵ所の壁に設置されています。そこまでトンネルでつながっていて,巣が用意されています。ところが,どの場所でも同じように子どもが生まれるかというと,そうではなく,区画によって13匹から111匹までの開きがありました。この子どもが生まれる数は,集団の中でどれくらいの勢力をもっているか,その順位に関連しているようです。大きな勢力を持つ雄のネズミは,フロアの中の広い部分を支配しています。すると,子どももたくさんもつことができるようです。
集団が大きくなると,150匹の大人のネズミたちが14グループを構成し,そのなかで470匹もの子どもたちが育てられていたそうです。しかし,まだ餌や水には余裕があるにもかかわらず,一番数が多くても2200匹までしか増えなかったそうです。
減る
数の増加が一定数に達すると,次は数が減っていく流れへと変わっていきます。本来であれば,成長した若いネズミたちは家族から外へと出て行くのですが,閉じられた世界の中で過ごしますので,仲間同士で争い,傷を負った負け組の若者たちがしだいに施設の中央付近で活動性を失ってしまうような様子が観察されるようになりました。
そして920日目,最後の妊娠が観察されました。1972年3月,ネズミたちの平均年齢は776日となり,妊娠可能な年齢を200日も超えてしまいました。1972年の6月には122匹だけが残り,1973年5月には最後のオスが死んでしまいました。
ネズミたちの様子は,まさに大都市の中の人間のふるまいによく似たものになっているかのようです。数が増えると互いに争ったり,生き残ったネズミたちは無気力になったりする様子が観察されて,次第に数が減っていきます。しかもこれは,何度も同じことが繰り返されるようです。
人間の世界
もしかしたら,私たちがもつ宗教や文化,社会的なシステムは,このようなことを少しでも先延ばしするために作られているのかもしれません(結果的にそれに役立つように)。でも,世界の人口はどこかをピークにして減少していくだろうという予測も,最近はよく報道されています。
私たちも楽園に暮らすネズミたちと同じようになっていくのでしょうか。それはまだ,もう少し先のことかもしれませんけれども。
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