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研究を進めるときの235種類の歪み

科学的な研究というものは「客観的」で「正しいもの」だという印象をもつのではないでしょうか。しかし,実際に研究をおこなっていくときには,さまざまな問題が生じてきます。

最近『生命科学クライシス―新薬開発の危ない現場』という本を読みました。新型コロナウイルス感染症のワクチンは非常に速いペースで開発されましたが,薬の開発現場で起きる様々な問題について書かれている本です。内容はとても面白いので,それはまた別の記事で。

今回は,この本の中に取り上げられていた論文についての紹介です。


科学研究のバイアス

紹介されていた一節は,次のような内容でした。

 研究の日常的な課題の一つに,バイアスの影響をできるだけ避けることが挙げられる。バイアスは,科学研究でどんなに努力しても必ず入りこむ。なぜなら,バイアスにはえてして落とし穴が隠れており,科学者はどうしてもそれを見通せないからだ。というわけで,バイアスも科学研究の構造の一部である。そして,無意識のうちにバイアスが入りこむ可能性を挙げると,そのリストは尽きないかのようだ。2010年に生物医学分野の論文を調査したヴィッド・シャヴァラリアとジョン・ヨアニディスは,235種類のバイアスを挙げた。そう,科学者が自分を欺きうる方法は235通りもあるのだ。専門用語を使えば,交絡バイアス,選択バイアス,思い出しバイアス,報告バイアス,確認バイアス,性別バイアス,測定バイアス,検証バイアス,公表バイアス,観察者バイアス,そのほかまだまだある。バイアスは,たいていは意図的なものではないし,意識的なものでないことすらある。(p.54-55)

235種類のバイアス

研究活動を行うなかで235種類もバイアスがあるなんて,気になりますよね。私も気になったので,元の論文を検索してみました。こちらの論文がそうです(Science mapping analysis characterizes 235 biases in biomedical research)。

この研究では,混乱しがちな「バイアス」について,テキストマイニングの手法を用いて生物医学の文献全体におけるバイアスの問題のマップを作成することを試みています。

1958年から2008年までのデータベース(全体で17,265,924文献もあるそうです)から,タイトルに「bias」が含まれている論文を集めて,6,405件のアブストラクト(論文の要約)に対してテキストマイニングをかけていったそうです。

ただし,本来含まれるべきではない単語をうまくクリーニングしていくことが,この手の研究では重要なのですよね。けっこう大変な作業です。

バイアスのリスト

論文のなかにどんなバイアスが現れてくるのでしょうか。登場が多い順に並べた表が論文のなかに示されています。

◎交絡バイアス(confounding bias) 初出1947年 21167件
◎選択バイアス 初出1968年 2896件
◎出版バイアス 初出1979年 1242件
◎回答バイアス 初出1956年 1239件
◎コドン使用量のバイアス(codon usage bias) 初出1982年 728件
◎注意バイアス 初出1974年 573件
◎系統的バイアス(systematic bias) 初出1971年 570件
◎思い出しバイアス(recall bias) 初出1978年 554件
◎ジェンダーバイアス 初出1982年 545件
◎サンプリングバイアス 初出1949年 514件
◎確認バイアス(ascertainment bias) 初出1976年 433件
◎ネガティブバイアス 初出1977年 423件
◎ポジティブバイアス 初出1975年 418件
◎使用法バイアス(usage bias) 初出1983年 292件
◎報告バイアス(reporting bias) 初出1978年 288件
◎照会バイアス(referral bias)初出1980年 273件
◎観察者バイアス 初出1965年 269件
◎性的バイアス(sex bias) 初出1975年 259件
◎突然変異バイアス(mutation bias) 初出1987年 244件

……などなど,まだまだたくさんあるようです。

これらのバイアスとともによく使われる単語は「メタ分析」です。メタ分析の研究のなかでは,出版バイアスについて言及されることが多いですからね。また,言語に関するバイアスや引用のバイアスについても,同時に言及されることが多いようです。

バイアスのグループ

これらのバイアスを平面上にマッピングした図も,論文では描かれています。

マッピングした言葉のまとまりを見ていくと,だいたい4つのグループが出来上がるようです。

◎臨床疫学に関連するバイアスのグループ
◎神経精神医学や認知バイアスに関するバイアスのグループ
◎社会科学関連のバイアスのグループ
◎分子生物学や免疫学に関連するバイアスのグループ

論文ではさらに最近見られるようになったバイアスや,バイアスではない単語がどのように他の単語に関連していくかについても整理されています。

ちなみに,最近になって非常によく使われるようになったバイアスの言葉は,「交絡バイアス」「選択バイアス」「出版バイアス」「回答バイアス」だそうです。

……こういう研究は,なかなか面白いですね。よく見かける単語がいつ初めて登場してきたかを知るだけでも,興味深いものがあります。心理学の論文でもやってみたいなと思わせる研究でした。

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