暴力の種類と減少
以前,帰宅のために電車に乗っていて,降りる駅に止まるあたりで突然ガタッという大きな音がしました。「誰か体調を悪くして倒れたのかな」と思ったのですが,そちらを振り向くと何かのトラブルでしょうか,胸ぐらをつかむ若い男性と,その男性に対して謝っているもうひとりの男性の姿が目に入ってきました。その場は収まりそうに見えたことと降りる駅だったこともあり,電車を後にしました。
暴力は犯罪です
駅でよく見かけるのが,「その暴力,犯罪です」のポスターです。
年末になると忘年会も増え,夜になるほど暴力事件が増加するのだとか。
ただし,駅での暴力事件自体は減少傾向にあるとも記事には書かれています。
暴力の人類史
人間の社会全体において,暴力が減少傾向にあることはスティーブン・ピンカーの著書『暴力の人類史』にも書かれています。
この本は,人類が引き起こしてきた暴力(戦争,ジェノサイド,身近な暴力も)の歴史をひもとき,全体としてどのようなことが言えるのかを明らかにする,とても面白い本だと思います。
暴力の種類
暴力にはいくつかの分類のしかたがありますが,スティーブン・ピンカーのこの著書のなかでは,5つの分類について書かれています。それは,次の通りです。
(1)ある目的のために使われる暴力
もっとも単純な種類の暴力であり,実際的・道具的・搾取的・捕食的な暴力です。食欲や性欲,野心といった報酬を追い求めるための暴力だと言えます。
(2)支配のための暴力
ライバルや競争相手よりも自分が有利に立とうとするための衝動的な欲求を背景にした暴力です。個人だけでなく,集団どうしも優位性のために争いをすることがあります。
(3)報復のための暴力
受けた被害を同じように返そうとする衝動的な欲求に基づく暴力です。この暴力を引き起こす原動力は怒りであることが多いようです。
(4)サディズムとしての暴力
これは,傷つけることそのものを喜ぶ暴力です。
(5)イデオロギーとしての暴力
あるイデオロギーを心から信じている人は,さまざまな理由や動機をひとつの教えに引き寄せて,破滅的な結果を導くことがあります。
アニメの暴力
自分の本にも書いたエピソードなのですが,暴力についてはよく覚えている出来事があります。
ほうれん草が嫌いだったうちの子に,ポパイのテレビ番組を見せようとしたときの話です。
ご存じのようにポパイは,ほうれん草の缶詰を食べると超人的な力を発揮します。自分が幼いときいもテレビでポパイのアニメを見ていましたので,自分の子どもにも見せようと思ったのでした。
暴力の理由
レンタルDVDを借りてきて,しばらく見ていた子どもが,次のように言ったのです。
「ねえ,どうしてこの人たちはいつもけんかばかりしているの?」
そのとき,「あっ」と思ったのでした。確かに言われてみれば,ポパイとプルートは特に明確な理由もないのに,いつも争っています。たぶん,今の子どもたちから見れば,理由もないのに競争したり殴り合ったり,時には凶器を使って争う様子というのは,意味が分からないのかもしれません。
同じアニメでも,トムとジェリーはネコとネズミという枠組みからして仲が悪そうなのは明白で,そこには特に理由がなくても争っていて違和感がないと,子どもたちは思うのではないでしょうか。実際にトムとジェリーは楽しんで見ていますが,「どうしてけんかばかりしているの?」という疑問は浮かばないようです。
ポパイを見て先ほどのような疑問を言われたとき,「自分がポパイを見ていた小学生の時には,そんな疑問を思い浮かべたことはなかった」と思ったのでした。そして,ピンカーの著書『暴力の人類史』が思い浮かんだのです。
そこに見えたのは,「男どうしが二人いれば,そこにいさかいが生じるのが当たり前」と考えがちな世代から,「争うならそこに理由があるはずだ」と考えがちな世代への変化です。そして,このようにしてピンカーが言うように暴力は減少していくのだと思ったのでした。
もしかしたらそのうち,トムとジェリーを見て「どうして猫とネズミはこんなふうにいつもケンカばかりしていないといけないの?」と思う子どもが増えるかもしれません。
世界全体が争うことへのリスクをより認識するようになり,争いはメリットよりもコストの方が大きいことなのだと考えるようになり,実際の争いを抑制していく方向へと進んでいってもらいたいものです。そして,世界中の子どもたちがその雰囲気を鏡のように映し出していってくれたらと思います。
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