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【ショートショート】寡黙な車中

私には特技がある。

それは、車の中で、すぐに眠れること。
どんなに短い距離でも、すぐに眠りにつくことができる。

これを、特技だと言ってくれたのは、私の父だ。

でも、父から特技だと褒められなくなったのは、私が中学校へ入学する頃だった。


家から中学校へ通うのに、バスや電車などの公共交通機関がなかった。父の会社から中学校が近かったため、近所の子供たちと相乗りで、父が送迎をすることになったのだ。

そして、私が中学校へ入学する日に、父は言った。

「もう、車の中で寝てはいけない。礼儀正しく、きちんと起きていなさい。他の人に対して失礼がないように。」と。

あんなに、すごい特技だと、褒めてくれいたのに、どういうことだろう。

でも、従うしかなかった。私にとって父は絶対だったから。


そして、翌日から、私の訓練は始まった。

車中で起きていること。

すなわち、目を開けていること。


それは、意外と簡単にできた。

いつも、母から、ミントのエッセンシャルオイルを一滴しみこませたハンカチを持たせてもらった。

そして、車中でおしゃべりをすると、気持ちが悪くなるからという理由で友達とは、いっさい、話をしなかった。

こうして、中高の6年間を過ごした。



その後、車で大学に通うため、運転免許証をとった。

免許取得に関して、母は、心配していた。

私が運転中に寝てしまうのではないかと。

母は、こんなことを言ったのだ。

「お父さんも、運転中に眠ったりしないから、大丈夫よね。」と。


そう、この時知ったのだ。


父も私と同じように、子供の頃、車の中での眠り癖があったのだ。

父も私と同じ特技があったんだ。


これは、遺伝なのだろうか?



* * * * * 



それから数年後、私は結婚をして、今は、5歳と7歳の男の子の母親だ。

「みのる」と「けんた」のふたりの元気な男の子。


ある日、助手席に座る主人が言った。

「やっぱり、これって、血筋なのかな。みのるとけんた、よ-く車の中で眠るよなぁ。君も、君のお父さんも、子供の頃、こうだったんだろ。まったく、二人ともよく眠る。」


そう、私もこれは、血筋だと思う。


きっと、この子達も、もう少ししたら、目を開けたまま、車の中で眠ることができるようになる。

そして、誰にも知られることなく、目を開けたまま運転することもできるようになる。


私と父のように。



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