自分自身の性格と向き合い生きる

もともと悩みがちな性格で、子どもの頃、運動も音楽も勉強もそこそこできていたけれど、それでも自信が持てたことがない。1位になっても次は1位になれないかもしれないとすぐに不安の方に引き寄せられる。「何」に自信を持ったらいいのかもわからなかった。

社会人になって、仕事はそこそこできて評価はされても、恋愛がうまくいかないたびに、「人間」として劣っているのではという不安に今度は苛まれる。容姿へのコンプレックス、どんなに大事にされていたとしても次の瞬間、別れがくるのではという恐怖に苛まれ、自分から相手を試すような行動をし続けてしまい、恐れている方向にいつも行く。

この仕事をするようになり、心理学を学び始めた時に、自分が自分によって不安をつくりだし、自分の考えがそれを大きくしていっていることに気づいてから、むしろすごく楽になった。そもそも自信を持たねば!ということすらビリーフだし、「常にその瞬間の自分と共にいるだけ」ということを体感してから、ジタバタするのをやめた。

もやもやしたければすればいいし、ジタバタしたければすればいいし、無気力になることだって、がんばることだって、全部、自分が選択しているものであり、自分が考えてやっていることだ。

そう思えたら、いろんなことが笑えるようになってきた。自分が(被害)妄想を膨らましているストーリーが面白い。ちょっとした出来事をここまで想像力豊かに膨らませられる自分がすごいなと思ってみたりw、その妄想でここまで悩んでいる自分がおもしろいと思えてみたりw。

エニアグラムで自分の気質が不安(生存不安)から、「期待に応えればうまくいく」というビリーフを持っていることを知り、バイロンケイティワークにより、そのビリーフにダイレクトに取り組むことによって、「不安」と仲良くいられるようになった。

世の中はますますVUCAの時代になり、不安にならない方が不思議なくらいな世の中なわけで、誰も答えがわからないわけなのだから、今、目の前にあることをやるしかない。

死にかけた身としても、それ以上の恐れって何かあったっけかなと思うと、よくわからなくなったので、今、目の前のことに集中するだけである。

やりたいことなんて考えてもわからないし、私の場合、目の前にたくさんある社会課題を生きている間、どれだけ向き合えるかなぁということくらいかな。それ以外に特にやりたいことはやってきたと思うし、50歳を手前にして少しは世の中のために生きていきたいと思う。

それが今は地域にいるので地域課題だけれど、昨日も心理士さんと話をしていて、「戦争と自殺」をなくしたいという言葉が自分から出てきた。そうだ、これだ。そのためにも自分にできること=目の前の人が自分らしく生きられるお手伝いをすること=キャリアコンサルティングと定義して、毎日生きるのみ。

「現実確認」を常にする。
目の前にあることしかできない。

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