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平等を求める想像力と、現実とのへだたりが問題となる、それが近代という時代の特徴だった。

書誌情報
工藤晶人『両岸の旅人』東京大学出版会、2022年.

本書は、東京大学出版会から刊行中のシリーズ、グローバル・ヒストリーを構成する1冊である。グローバル・ヒストリーとは、日本史とかイギリス史といったような国家の枠組みよりも広い地域を対象として、歴史を捉え直そうとする歴史手法の一つ、と言えるだろうか。

では、本書の概要に移っていこう。

概要

本書が対象とする時代は、19世紀、より正確には1830年頃から1880年頃までである。これはオスターハンメルが提唱した時期区分「短い19世紀」と一致する。また、対象とする地域は地中海世界である。

本書の主人公は、イスマイル・ユルバン。彼は植民地で生まれ、フランスの官吏として生計を立てた人物である。

一方で、影の主役とでも呼べるような人物が、比較の対象として度々登場する。日本史とも関わりのあるレオン・ロシュである。

本書は、「短い19世紀」と重なる時期を、イスラームとキリスト教、植民地と本国、白人と有色人などの文化の境界を渡り歩いて生きたユルバンとロシュの人生を追い、彼らの思想と行動の個性について考えていく。それにより、もうひとつの世界史が見えてくるとする。

明快な構成・叙述

導入となる序章を除き、第1章以降、どの章も同じ構成になっている。まずその章の概要を述べ、そこから本格的な叙述に移っていくという構成である。そのため、どの章も自分が今、どこを読んでいるのか、本の中での自分の位置の把握がしやすくなっている。また、簡潔な文章が大部分を占めており、これまた内容理解のうえでプラスの要素となっている。

本書では、史料から分かったことだけでなく、ここから先は現存史料では分からないということまで、隠すことなく述べている。この分かりやすさは評価できると考える。

歴史は史料がなければ語ることができない。そして、歴史家が欲しいと思った史料の全てが入手できるとは限らない。そのとき、史料上の制約によって明らかにできないことが生じてくる。現存史料でわかることは何か、またどこからわからないのかを示すことが求められる。しかし、それをわかりやすく述べた文献は多くないように感じるからである。

概要でも述べたように、影の主人公とも言える人物として、レオン・ロシュが取り上げられている。西洋史やグローバル・ヒストリーは、高校の科目で言えば「世界史」に分類される。しかし、高校で「世界史」を選択する生徒は減少しつつある。このことは、西洋史や世界史という枠の内側にいる人だけをターゲットにしても、本としては成功しないということを意味している。西洋史に関心がある人より、歴史に関心がある人の方が、圧倒的に母数は多くなる、ということ。

https://core.ac.uk/download/pdf/229804309.pdf

世界史を学んでいない日本史の人でも、日本と関わりのあったロシュという人物なら知っているかもしれない。そういう人たちにも本書に手を伸ばしてもらおうという狙いが、著者か編集者にはあったのだろうと思われる。果たして、この戦略はどこまで成功しただろうか?

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