頑張るために、頑張らない
痛みで目が覚めた。
右手が頭の下敷きになっていたからか、指先は冷たく、掌がピリリと痺れている。頭が働かないまま、体の感覚で「寝すぎたかも」と思った。
片足だけ布団から出してみる。ひんやりとした空気に触れた部分が気持ちいい。
小さく息を吐いて、目を閉じて、今日やるべきことを一つ、またひとつと思い浮かべる。
リビングから聞こえる、秒針の音。
ああ。
心は焦るのに、体はちっとも動かない。
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フリーランスに定時はない。
満員電車の息苦しさも、上司への気遣いも必須じゃない。
だからと言って、ストレスが少ないわけでもない。
仕事へのプレッシャーや、人間関係、原稿の締め切りと減らないタスク。slackの未読通知数を見て、また少し気が遠くなる。
働き方の自由度が高いぶん、自分でコントロールすべきことは多い。
自分を乗せた船の舵をしっかり握れているうちはいいけれど、雲行きが怪しくなって行き先を見失いそうになったり、荷物が重すぎて舵が思うように取れないと、気持ちばかりが焦ってしまう。
いつだって冷静でいられたらと願うが、舵のコントロールが効かなくなればなるほど、平静さを保つのが難しくなる。
改善されない状況、コントロールできない自分。
それらに苛立ち、歯がゆさを感じてしまえば、舵を握ることも怖くなってしまう。
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「頑張らないと、しっかりしないと」
いつかの私は、舵を握るのが怖くなってしまったとき、そう自分に言い聞かせていた。
自分で自分を鼓舞し続けて、心をすり減らして、でもそうすることでしか生きていけないとすら思っていた。
頑張るために、頑張ろうとする。
それに限界を感じたのは、今年に入ってからだった。
頑張ろうと思えばおもうほど、心は焦るのに、体はちっとも動かない。
やっとの思いで布団から抜け出し、PCを開いても、思うように物事は進まないし、タスクは減っていかないのに、疲労感だけが上乗せされていく。
頑張るために、頑張ろうとすることは、非効率なうえに自分の首を締めるだけだと気づいた。
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「頑張らなくて、いいや」
いつも以上に頑張る必要があるのに、体が言うことを聞かないとき、無理に自分を鼓舞するのではなく、弱い自分を認め、許すことを覚えた。
どうしても気持ちに体がついていかないなら、今日はそういう日なんだと諦めて、仕事とは関係のないことに手を出してみる。
2ヶ月前に買った雑誌をパラパラとめくってみたり、冬服を押入れにしまったり、Netflixでずっと見たかった海外ドラマを見たり。
一見、無意味に思えるようなことも、「回復」の時間と捉えるならば、そこにちゃんと意味は生まれる。
頑張れる状態を作ってから前に進むほうが、振り返ったときに「近道」だったなと思える気もする。
だからもう、頑張るために、頑張らない。
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リビングから聞こえる、秒針の音。
大丈夫。
心はもう、焦っていない。
ライティングを学び合う会員コミュニティ「sentence」のメンバーが、月ごとのテーマに沿ってマガジン「gate, by sentence」を更新していきます。
4月のテーマは『みんなのコーピング』です。