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バンバンジー素麺と私の腹黒さについて

お米の節約のため、今夜はバンバンジー素麺。
そもそも、昔は一般的なバンバンジーを作って食べていたのだが、実を言うと私は胡瓜があまり好きではない。
胡瓜は河童の味がする、ような気がする。
(好きな人、ゴメン)

それで、できるだけ胡瓜を少なくしたいと思ったのだが、バンバンジーの主役は胡瓜と鳥のささ身である。
夫の手前もある。

降板はさせられないので、せめて脇役として活躍してもらおう。
最初に何を追加したか、もう忘れてしまった。
冷ややっこ、トマト、ゆで卵、ハム、レタス、刺身こんにゃく・・・。
ラインナップはどんどん膨らんでいく。
気づいたら、素麺も入れていた。
あれば中華クラゲも入れる。
なんなら明太子も。
最盛期?は、上に牛コマの焼肉を乗せていた。

ひとりになってからは、焼肉をやめるなどだいぶボリュームダウンしたけれど、そのぶん素麺の分量が増えた。
ではもう、ご飯は要らないじゃないか。
素麺でいいじゃないか。

1回作ると、3~4食分くらいある。
タレは市販ので、3回目は少し足すことが多いが、すると今度は濃くなりすぎて、レタスや豆腐も足したりする。
もう、どういうメニューを食べているのかわけがわからないが、とにかく味はバンバンジー。

取り分け用の小皿を用意し、冷蔵庫からこの大皿のみ出し入れすれば済む。
極めて作業量が少ない。
食べたいときにすぐ食べられる。
火を使わない。
ラクチンである。

ノンアルビールを合わせて、食後に温かいほうじ茶か珈琲をいれる。
手軽さ、冷たさ、暖かさ、私にとっては申し分がない。

今日は、朝9時に、フィルム貼りの業者さんが来た。

申し込んだときに確認したら、作業は朝9時から16時、または17時くらいまでだという。
2部屋3か所(1か所2枚のガラス)

プロでそれなら、私が自分一人でなんか到底できる話じゃない。
まあ、養生だけでも結構大変そう。
離婚当初は、自分で家具の塗り替えをしたので、かなり大掛かりな養生をしたけれど、いまはもう無理。

業者さんは男性。
30代半ばくらい。(想像)
指輪はしていないけれど、それは作業に障るから。(想像)
配偶者一人、子供一人。(想像)
お子さんは1歳半。(想像)
奥さんの育休はもう終わるが、本人はあまり戻りたくはなさそうだ。(想像)
大丈夫、俺が二人分稼ぐから無理しなくていいよ。(想像)

さらに想像は続く。
2年前までいた会社は、上司と合わなくて辞めた。
「子供が生まれるっていうのに!」と妻は責めたそうだったが、責めたところで自分の決心が変わらないのを知っているから言わない。

会社で身に着けた技術に磨きをかけ、内緒で休日の副業に精を出していた。
そうさ。
子供が生まれるから、辞めたかったんだ。
もう会社なしでも一人でできる。
できることは何でもやる。
いつか会社にしたいけれど、とりあえず個人事業主でやっていける、と自分を信じた。

この業者さんは、ネットで見つけたサイトで検索して知った。(現実)
ガラスフィルムの専門会社(全国組織)と、頼んだこの個人業者と2つ見積もりを取ったら、個人業者がちょっとだけ安かった。

専門会社は、扱った件数も多い。
そんじょそこらの便利屋には手の届かない極上のフィルムを仕入れる伝手があるだろう。

個人業者の口コミは、扱った件数に比例しているとみえて、エアコンクリーニングが多かった。
あとはレンジフードの洗浄。
どれもみな「作業が丁寧」と書いてある。
フィルムの貼り付けも、「1日がかりできれいに仕上げてくれた」というのがあった。

プロフィールから、個人でやっていると踏んだ。
所在地が同じ市内だ。
ならば、出ている顔写真の人が来るだろう。
メールのやり取りをした人。
その人のメールの文章を幾度も読み、電話口で声を聴いた。
その人が作業して、その人に料金を支払う。

ほかの多くは所在地が東京だった。
東京本社か本店で請けて、私の家の近くの営業所から人が来る。
子会社に振ったり、孫請けという可能性もある。

遠くの大企業より近くの零細企業だ。
いや、それ未満だ。

こういうのって「賭け」なんだ。
「運」ともいえる。

お昼が近づいて、昼食はどうするのかと問うた。
近くの飲食店で勧められるところはあまりない。
お弁当を持ってきているなら、インスタントの味噌汁くらい用意しよう。

いったん家に帰ります、と彼は言った。
場所を問うと、すぐ近くだった。
だよね!
そうだと思った。
そうだといいなと思ってたんだ。

13時すこし前に来て、作業再開。
1時間くらいすると、気配がしなくなった。
覗きに行くと、一目で「寝てる」とわかった。
起こさないように静かに戻った。

そのまま15分くらいほおっておいて、もう1度見に行った。
まだ閉じていた目が、その瞬間だけ開いて、私の視線と合った。
彼はきっと「見られた」と思っただろう。

そのあとは、サクサクと仕事が進んだ。
予定より、1時間ほど早く終了。
見事な仕上がりだった。
寝てなければもっと早く終わったのにという思いは引っ込めた。
別に時給で支払うわけじゃない。

できる限り、現金払いにするのは、対応を見たいから。
彼は、その場で領収証を手書きした。
ゴム印はある。

そこに記されたアパートの名前を、私は知っていた。
風景が浮かび、そこに帰っていく彼の姿が見えた気がした。
その瞬間、さっき書いた想像の数々が脳のスクリーンに映し出される。

わかっていたけど、わざと「フィルム貼り以外のこともされてるんですか」と訊いた。
エアコンやレンジフードの洗浄などと彼は答える。
「それは、それぞれ担当の人がいて?」
「いえいえ、私一人でやっています。」
だよねー!

わかっていたけど、わざと「これって、サイトを通して申し込むのと、直接お願いするのと料金とか内容は違うんですか」と訊いた。
「お客様が支払う料金は同じです。作業内容も同じです。」
だよねー!
もちろん、中抜きされてるってことだ。
そりゃそうよ。

それを尋ねたのは、「次は」個人相手に(領収証に書かれた電話に)依頼するかもという含みを持たせた私の策略だ。
何でもできる人が近くにいるのはとてもいい。
あと1度、何かをサイトを通さずに頼めば、もう少し親しくなって、もしかしたらその次は、彼が私の死骸を発見してくれるかもしれぬ。

私は、そういう計算高い人間なのだ。
腹黒くなくては、金も子もない老いた女一人、生きては行けぬ。

「すごいですねー!一人で何でもできるなんて。」と感嘆したあと、今日の仕事はこれで終わりかと問うと、終わりだということだった。
「今日は早じまいして、ゆっくり休んでください」と私は言った。
そこに「居眠りしてしまうほど疲れているのだから」という含みはなかったが、彼はすこしだけ照れたような笑みを見せた。


読んでいただきありがとうございますm(__)m