波璃飛鳥

140字小説、短編・長編小説を書いています。 こちらには主に短編小説を投稿していきます…

波璃飛鳥

140字小説、短編・長編小説を書いています。 こちらには主に短編小説を投稿していきます。 サクッと読める長さなので、通勤時や休憩中にぜひ。

最近の記事

(ホラー)疾走夢(掌編)

 子供のころから何度も見る夢がある。  遠くから、知らない人が俺に向かって走ってくる夢だ。  走る人は日によって違い、老若男女、いろいろな人種の人が走者になった。どうやら俺の元へたどり着けたらゴールらしい。  俺はこの夢を「疾走夢」と名付けてひそかに楽しみにしていた。他人が自分に向かって走ってくる夢のなにが楽しいのか、と普通は思うだろう。でも本当に愉快なのだ。なぜなら走者は例外なく、滑稽なほど必死だから。  涙や鼻水、よだれを垂れ流し、本当に必死で俺の元へ走ってくる。で

    • ちゆ姫と鏡の魔王(短編)

       暗黒の森のはしっこに築かれた貧しい村に、ちゆ姫と呼ばれる少女が住んでいた。  ちゆ姫は自らの寿命と引き換えに他人の病を治癒する魔法が使えた。ちゆ姫はその魔法をためらいなく使いまくった。自分の寿命がゴリゴリ削れていくのも構わずに。  土砂に潰された足もクワが刺さった腕も、ちゆ姫にかかれば一瞬で元通りになる。噂を聞きつけて遠方から多くの病人が村に押し寄せた。ちゆ姫は全員治してやった。彼らがお礼にと置いていった金や宝石は、全部近所の村人に分け与えられた。  村人たちは表向き感

      • ラムネ(掌編小説)

        「なぜ君が?」 「ばあちゃんの代わり」  ふむ。と呟き、サキは駄菓子で一杯の棚に目を向ける。切りそろえられた髪が肩の上で揺れていた。夏服のセーラーは真昼の海を思わせる水色と白。今の俺には眩しくて、そっと目をそむけた。  本当は今すぐ逃げ出したい気分だ。でもそうしないのは、婆ちゃんに店番を頼まれたからに他ならない。俺にとって、婆ちゃんは大切な存在だ。多分、両親よりも。 「おばあ様は?」 「病院。風邪」  当たり付きガムの箱を開けて中身を陳列台にぶちまける。コーラ味と

        • 極上の楽器(掌編小説)

           人間は極上の楽器だ。  耳をつんざく叫びを聞くと、脳がじんと痺れたようになる。恍惚としたあの感覚を覚えてしまったら後戻りはできない。  この仕事について五年、数え切れない悲鳴を奏でてきた。他ならぬ自分の手で生まれた叫びの、なんと艶やかなことか。  女の悲鳴はフルートに似ている。高く、いつまでもすっきりとした余韻を残して楽しませてくれる。  男の声には深みがあった。普段押さえつけられている分、恐怖に震える声帯は素晴らしい楽器となる。まるで年月と共に深みを増すヴァイオリ

        (ホラー)疾走夢(掌編)

          狼牙(掌編小説)

          「あなたも売られるの」  か細い声に、目を閉じたまま答える。 「いや。私はここで死ぬつもりだ」 「いいなぁ」  心底うらやましそうな声色に、思わずまぶたを上げた。  粗末な衣服の少女が壁際に座っている。目は暗く濁っていた。 「さっきあの人たちが話してた。ボクは遠くに売られるから、その前に味見をしておこうって」  あの人たちというのは牢番どものことだろう。時折聞こえてくる下卑た笑い声が不快だった。牙があればガチガチと鳴らしているところだ。 「嫌だなあ」  何の感

          狼牙(掌編小説)

          星間鉄道会社謹製(超短編)

          「眠れないのですか」  星間鉄道の車掌に声をかけられた。 「なんだか頭が熱くって」 「宇宙の景色にのぼせてしまう方は多いんです。よろしければこれを」  車掌が肩掛けカバンから取り出したのは、青白く光るタオルだった。座席から腰を浮かして受け取ると、手にひんやりと吸い付いてくる。 「氷の惑星に生息する雪原ボルの毛で編まれています。首筋や額を冷やしてみてください」  よき旅を。言い残して、車掌はコンパートメントから去った。  首筋にタオルを当ててみる。ひんやりして気持

          星間鉄道会社謹製(超短編)

          今日最初に会った人間を、殺すことにした。【短編】

           男は後悔していた。  あんなことを思いつかなければ、こんな恐ろしい決断を迫られることはなかったのに、と。  全身から汗が噴き出している。湿った服は真冬の風に当たり、保冷剤のように冷たくなった。それでも汗は止まらない。  視線をそっと手元へ落とす。包丁を握った右手から、血混じりの汗がポタポタと垂れていた。  小刻みに震えながら、足元の「それ」に目を合わせる。青白い顔を見つめていると、先ほど脳裏をよぎった言葉がまた頭に浮かんできた。  今朝あんなことを思いつかなければ

          今日最初に会った人間を、殺すことにした。【短編】