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打ち上げ間近,ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡

地上560 kmで地球周回軌道を描くハッブル宇宙望遠鏡.地球大気の影響を受けず,きわめて鮮明な宇宙の姿を届けてくれるこの望遠鏡によって,これまで人類は宇宙の加速膨張や約130億年に渡る銀河宇宙の進化などさまざまな研究成果を挙げてきました.

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ハッブル宇宙望遠鏡は,1990年にスペースシャトル・ディスカバリー号によって打ち上げられて以来,度重なる故障に見舞われながらも補修などを重ねてデータを取得し続けていますが,ついにその後継機がNASAなどによって新たに宇宙へと打ち上げられようとしています.ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)です.

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JWSTの主な特徴の一つは,主鏡と呼ばれるメインの鏡がとても大きいことです.JWSTの主鏡は18枚の分割鏡で構成されていて,そのトータルの口径は6.5mにもなります.ハッブルの主鏡の口径は2.4mでしたから,JWSTの鏡の面積はハッブルの7倍以上になっていて,その分たくさんの光を集めることができ,暗い天体まで検出することが可能になります.例えば,太陽系外にある惑星や,きわめて初期の宇宙にあるとても遠い銀河など,これまで暗すぎて観測できなかった天体が調べられるようになると期待されています.

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さらに重要な特徴として,JWSTはハッブルより長い波長まで観測できることが挙げられます.ハッブルは波長2um弱の近赤外線までしか観測できませんでしたが,JWSTは波長30um程度まで観測することが可能です.さらにハッブルと異なり,そうした赤外線の波長域でも高い波長分解能で天体を分光するための観測装置が搭載されています.遠くの天体からの光は宇宙膨張の影響によって波長が長くなりますから,きわめて初期の宇宙にある天体を調べる上でも赤外線の観測装置は不可欠な存在です.

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https://www.nasa.gov/feature/goddard/2021/nasa-s-webb-telescope-will-show-us-more-stars-at-higher-resolution-here-s-what-that-means

一方で,赤外線での観測には困難もあります.太陽や地球からの放射が強い雑音となってしまうことです.JWSTはそうした雑音を弱めるため,地球から150万kmほども離れた軌道に置かれる予定です.その場所は太陽と地球からなる系において力学的に安定であるラグランジュポイントの一つ,L2ポイントとして知られています.L2ポイントにはこれまでにもいくつかの衛星望遠鏡が置かれていて,宇宙マイクロ波背景放射の探査機であるWMAPや,銀河系の恒星の位置を精密に測定する宇宙望遠鏡Gaiaなどが成功例として挙げられます.

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さらに雑音を低減するため,JWSTは太陽側の面で20 m程度の大きさの遮蔽シールドを広げます.遮蔽シールドは,JWSTが運用される数年間という期間に渡って劣化せずに効率よく反射できるよう,アルミニウムやシリコンでコーティングされています.この遮蔽シールドのおかげで,JWSTは50K以下のきわめて低い温度に保たれ,搭載された観測装置をさらに冷却することを可能にします.

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https://www.nasa.gov/feature/goddard/2019/nasa-s-james-webb-space-telescope-clears-critical-sunshield-deployment-testing

JWSTはこれまでにない大きさの遮蔽シールドや主鏡を持つため,地上からそのままの状態で宇宙空間へ打ち上げることは困難です.そこでJWSTは遮蔽シールドと主鏡を折りたたんだ状態でロケットに搭載され,宇宙空間で展開されることになります.

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https://sorae.info/space/20200717-jwst.html

実は1990年に打ち上げられたハッブルは,その打ち上げ直後の調整の際に不具合があることが発覚しました.主鏡に微小ながらも歪みが残ったままになっていたため,焦点が合わずに画像がピンぼけしてしまっていたのです.この不具合を修復するため,一年以上にも渡って特別な訓練を受けた宇宙飛行士がスペースシャトルに乗って現地へ行き,船外活動によってなんとか修理することができました.

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https://www.nasa.gov/mission_pages/hubble/servicing/index.html

今回JWSTは地球から遠く離れたラグランジュポイントに置かれます.したがってハッブルのときのような不具合が起きてしまった場合,その修理はきわめて困難です.そこでハッブルのときのようなミスの再発防止のため,JWSTでは徹底してさまざまな試験を実施し,問題が発覚すると,場合によっては打ち上げ時期を延期するまでしてその解決に取り組んできました.

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そしてようやくさまざまな技術的困難が解消され,JWSTは2021年10月,ついに打ち上げ地点であるフランス領ギアナにまで輸送されました.JWSTは大きすぎて飛行機で運ぶことができなかったため,製造や地上試験が実施されていたカリフォルニアから船に乗せてパナマ運河を経由してギアナまで輸送されました.

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https://www.nasa.gov/press-release/nasa-s-webb-space-telescope-arrives-in-french-guiana-after-sea-voyage

JWSTによって明らかにされると期待されている科学成果はたくさんあります.その中にはまだ誰も思いついていないような新しい発見もあるかもしれませんが,現在研究者たちが想定している主な科学成果は二つあります.

一つは,系外惑星の大気組成の解明です.系外惑星が公転している主星の前を系外惑星が横切る際,主星からの光が系外惑星の大気を通過します.すると,系外惑星の大気中の原子や分子によって,主星からの光に吸収線が生じます.したがって,系外惑星を持つ恒星を分光観測することによりその吸収線を解析することで,系外惑星の大気にある水蒸気や二酸化炭素,オゾンといった分子などの存在を明らかにすることができます.地球によく似た系外惑星や,生命を育んでいる可能性の高い系外惑星の同定につながるかもしれません.

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https://www.scientistlive.com/content/transit-spectroscopy-action

もう一つは,きわめて初期の宇宙にある生まれたての銀河の発見です.生まれたての銀河では,できたばかりの恒星がたくさん存在していると考えられますが,重い恒星ほど寿命が短いため,生まれたての銀河では重い恒星の割合が大きいと考えられます.重い恒星が多いと紫外線での放射や電離された原子からの放射が卓越しますが,それらは私たちに届くまでに宇宙膨張によって波長が長くなるため,赤外線の領域へと入っていきます.赤外観測に最適化されたJWSTは,そうした初期宇宙の天体を観測するのに非常に向いていて,もしかしたら「宇宙の一番星」と呼べるような,重元素のない星からなる銀河が同定されるかもしれません.

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https://www.esa.int/var/esa/storage/images/esa_multimedia/images/2003/05/artist_s_impression_of_how_the_very_early_universe_might_have_looked/9689974-3-eng-GB/Artist_s_impression_of_how_the_very_early_Universe_might_have_looked_pillars.jpg

1兆円規模の巨大科学プロジェクトによってつくられたJWSTは,過去に例を見ないほどきわめて優れた観測性能を持っていて,私たちの宇宙観を大きく塗り替えてくれる可能性のある望遠鏡です.その観測が開始されるまでには,宇宙への打ち上げや展開,ラグランジュポイントへの移動,現地での観測機器の調整,そして実際の運用といったさまざまな障壁が残されていますが,それらを乗り越えるために研究者たちはこれまで万全の準備を整えてきました.JWSTの観測が無事に開始され,たくさんの素晴らしいデータが取得されることを祈りつつ動向を見守りたいと思います.

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https://en.wikipedia.org/wiki/File:James_Webb_Space_Telescope_Mirror37.jpg


参考

Why you should believe the HYPE for the James Webb Space Telescope - Dr. Becky
https://youtu.be/O9ZlqWp7620

The James Webb Space Telescope Explained In 9 Minutes - Perception
https://youtu.be/tnbSIbsF4t4



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