ペダリング時の体重利用と揚水発電

前回、重力から無限にエネルギーを取り出せない、という話を書いたのですが、それでもペダリングのときに自分の体重を利用する、というのは効率的な気がするし、プロもそう言っています。どこに誤解があるのでしょうか。

話を簡単にするために、ここではダンシングに限ります。大体、みんな踏めなくなると、腰をあげてダンシングして自転車を前に進めますよね?体重を利用しているわけです。

そのときに起こっていることは、例えて言うなら「揚水発電所」と同じです。揚水発電とは、昼間に普通に水力発電(つまり、ダムの水を落として発電する)し、夜間に余った電力で水を下のダムから上のダムに汲み上げる、というものです。

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ウィキペディアより

これは、貯めることができないという電気エネルギーの欠点(蓄電池はありますが、容量がまだ小さいし高価)を補うため、電気エネルギーを位置エネルギーに変えることで蓄える、というのが原理です。

高いところにある物体は位置エネルギーというものを持ちます。坂を登れば、サイクリストは位置エネルギーを持つので、坂を下ったときに、それが運動エネルギーに変換されてスピードがでるわけです。重力による位置エネルギーは高さの差にしかよりません(同じ重さなら、標高 0mと100m、1000mと1100mは同じ位置エネルギーの差を持ちます。地球上では細かいことを言えば違いますが、ここでは無視してよい)。

さて、ダンシングのとき、上死点から下死点まで体重を利用してペダルを押し下げます。そして、また身体を持ち上げてペダルを押し下げる準備をします。ここでは、エネルギー収支的にはプラマイゼロです(摩擦などの損失はないとして)。なので、体重を利用してもエネルギー的には得していません。上の揚水発電とのアナロジーで言うと、

昼間に水を落として発電する=上死点から下死点まで体重利用して踏んでバイクを進める(重力が仕事する)
夜間に電力使って水を汲み上げる=下死点から上死点まで身体を持ち上げる(重力に逆らって仕事する)

ということです。上に書いたように位置エネルギーは2点間の高さの違いにしかよらないので、ペダリングのようにいつも同じ高さを行ったり来たりする場合、重力の仕事=重力に逆らった仕事になります。それでは全然得したことになっていないではないか!と思われるかもしれませんが、エネルギー的にはそのとおりなのですが、バイクを進めるという観点からはもう少し考える必要があります。

それは、 エネルギーとトルクは相互に変換される ということです。これはエネルギーとトルクが同じ次元(力✕長さ)を持っているためです。つまり、自転車のペダリングというのは

 なんらかのエネルギー ⇒ ペダリングのトルク ⇒ タイヤの回転エネルギー ⇒ バイクの運動エネルギー

という変換をしていることになります(以前、楕円ギアとはパワーをトルクに振り変える装置、という話をしました。そのシリーズでエネルギーとトルクについて詳しく説明していますのでご参照ください)。

さて、ここで大事なのは、上の

なんらかのエネルギー ⇒ ペダリングのトルク

のところです。⇒の左が大きければ、右も大きくなります。ダンシングのときには、上死点で身体を持ち上げているため、

大きな位置エネルギー ⇒ 大きなペダリングのトルク

になっているのです。しかし、下死点から上死点まで戻って、また大きな位置エネルギーを得るためには身体を持ち上げないとならないので

筋力による仕事 ⇒ 大きな位置エネルギー ⇒ 大きなペダリングのトルク

という流れになります。まとめると、ダンシングのときの体重利用とは、

筋力を使って位置エネルギーを稼ぐことで体重を使って、ペダリングトルクを大きくして、バイクを進める

ということをやっているわけです。位置エネルギーは高さを変えれば無限に利用できますが、重力だけ使っているわけではなく、高さを変えるために筋力も使っています。だからダンシングで疲れるわけです。楽してバイクが進むということはありません。(了)

(シッティングでのペダリング時の体重利用は別の考察が必要なので、また別の機会に) 

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