体重だけで10w/kgを出せるか?

読んだことがない方は、まずこちらの記事に目を通してみてください。愛三レーシングの大前選手の「ロードバイクアカデミー」の解説です。とても良いことが書かれていると思うのですが、残念ながら根本的なところで読者に誤解を与えていると思うので、申し訳ないですが題材に使わせていただきます。

大前選手の主張のポイントは、

「体重」をできるだけ効率的にペダルに伝えるように意識しよう

ということです。それをどうやったらできるかは、今後説明してくれるとのことなのでそちらを待ちましょう。

この解説の中では微積分を使って、ロードバイク上の体重移動だけで理論上10w/kg出せる、という計算をしています。

しかし、実際にはこんなに出ません。ここでの理論計算自体が間違っているわけではありません(おそらく読者の99%は数式はスキップしていると思いますが(^^;;)。(筆者は理解していると思いますが)重要な物理的な概念を説明していないために、あまり正しくない結論になっている、のです。

計算のポイントは、ペダリングの上死点から下死点まで、「体重がペダルに対してする仕事」を求めた、ということです。この「ぶつりな自転車」で何度も説明してきたのですが、

 仕事=エネルギー

です。みなさんの馴染みの深い「パワー」は単位時間あたりのエネルギーなので、ケイデンス(この計算では90rpmを仮定)を使ってパワーを求めています。それが、体重60kg の人なら、約600 W という結論です。

しかし、ここで重要な見落としがあります。体重だけを利用して、上死点から下死点まで力をかけるということは、

重心が下る(身体が下がる)

ということです。そして、また体重を利用するためには下死点から上死点まで身体を持ち上げないとなりません。

この際、身体を持ち上げるためには重力に逆らって仕事をしないとならないので、60kg で、重力加速度が 10m/s^2、クランク長170mm、90rpmなら、約600 W必要なはずです。そう、結局、体重を利用して得た仕事とキャンセルしてしまう、のです。

これは当たり前の結論で、重力というのは保存力と呼ばれる力なので、重力を受けている物体のエネルギーは、場所のみに依存します。簡単な例で言うと、峠を登るって得られる位置エネルギーは、どういう峠道(遠回りか激坂直登りか)を通るかによらないし、同じ峠を下って得られる位置エネルギーの差はいつも同じ、ということです。

したがって、ペダリングの上死点と下死点で、それぞれ身体がいつも同じ位置なら(体重しか使わないという前提なら、身体は棒あるいは重りみたいなものと思っているわけですから、必ずそうなります)、重力で得られるエネルギーと重力に逆らって失うエネルギーは等しくなります

結局、筋力を全く使わずに体重だけを利用して、ペダリングを1周(話しを簡単にするために、片側のペダルだけ考えるとよいでしょう)するとエネルギー収支はプラスマイナスゼロ、ということです。

でも、体重を利用した方が効率的なペダリングになるはずですよね?なぜ、そうなるかは、元の解説文の静的なモデルだとわからなくて、身体と筋肉、ペダル(クランク)を単純化した動的なモデルが必要だと思います。それはまたいずれ(というか、専門家におまかせしますw)。 (了)

Thanks to 小池先生(大分大学)、西薗良太さん for discussion


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