見出し画像

天文俳句 (8)結局、星と星座は季語にならないのか?

岩手山の夜景 (撮影:畑英利)
『星戀』(野尻抱影、山口誓子、深夜叢書社、1986年)のカバーhttps://www.nippon.com/ja/japan-topics/b07224/

「銀河のお話し」の状況設定と同じです。 「銀河のお話し(1)」をご覧下さい。 https://note.com/astro_dialog/n/n7a6bf416b0bc

星と星座への思い

天文ファンは星や星座が好きだ。星や星座が好きなことが、天文ファンの定義とも言えるぐらいだ。また、人によって違いはあるものの、特定の星や星座への思いも強い。たとえば、俳句を詠むときに星や星座の名前を入れてみたいと思うことがよくある。それは当然だ。春夏秋冬、夜空を眺める時間が多い。ところが、星や星座の名前は俳句の季語にはならない。ここに、天文ファンのジレンマが出る。実際、天文部でもこの話題で盛り上がったことがあるぐらいだ。

星や星座を季語にする難しさは重々理解していたが、以前の部会で、ひとつ燭光があった。それは俳人の橋本多佳子がオリオンと天狼を季語に認定していたからだ。星と星座は季語としない。これは歳時記における不文律だと思っていたので、橋本の英断には驚いた。しかし、この英断は受け継がれていないようだ。やっぱり、「星と星座は季語としない」伝統は守られ続けられているのが現状だ。

さて、今日は二週間ぶりの天文部の部会だ。輝明は久々に俳句の季語の話をしようかと考えていた。

季語には種類があった

「さて・・・。」

輝明は部会を始めようと話し始めたが、どうも上手く舵を切れそうにない。俳句の素人を自認しているのに、季語の話をするのはおかしいような気がするのだ。
「部長。」
ここで、助け舟が出るか? 優子の声だ。
「おっ、優子、どうぞ。」
「家の本棚を見たら『現代俳句大辞典』がありました。編集者は稲畑汀子、大岡信、鷹羽狩行。3人とも有名な俳人です。」
「いつ頃出た辞典?」
「2005年、三省堂から出たものです。」
「季語の説明が出ているのかな?」
「はい、この辞典に季語の説明がありました。」

優子は黒板を使って季語の説明を書いてくれた(表1)。

『現代俳句大辞典』稲畑汀子、大岡信、鷹羽狩行 編、三省堂、2005年

「おお、第一種から第三種まで三種類の季語があるんだね。初めて知った。」
「私もです。」
輝明はこの表をしばらく眺めていた。
「ここに「月」が出てくる。四季を通して見られるけど、「秋」の季語とするとしている。「約束の季語」だ。「月」はひと月を周期として、姿を変えて空に見える。四季を通して見えるのは「月」だけじゃない。星と星座もだ。地球の公転運動で一年を周期として空をめぐる。ところが、地球の自転によって、夕方から明け方の間に、見えるものが変わる。これが、いけない。」
「つまり、俳句の世界では、星と星座を「月」のように扱えないということですね。」
「そうなるね。」
「可能性があるのは「指示の季語」でしょうか?」
「夏の星、冬の星座。こういう使い方だね。」
「はい。」
「前にも話に出たけど、寒オリオンとか寒昴と同じだ。」
「天文ファンとしては、第一種の季語として使いたいという気がします。」
「うん、「事実の季語」だね。今、自分が見ている星や星座を、そのまま俳句に取り入ることができれば、それにこしたことはない。ところが、夏の夜でも、夜の8時か、朝の3時に見るのでは、夜空の様子が変わっている。夏の明け方にオリオン座が東の空に昇ってきちゃうし。」
「なんか、ダメそうですね。」
優子も元気をなくした。輝明も同じだ。

俳句の季語としての星と星座

「そういえば、俳人の橋本多佳子が「オリオン」を冬の季語として採用していましたね(図1)。」
「あとは、「天狼」、シリウスも季語にしていた。」

「天文俳句(7)」を参照
https://note.com/astro_dialog/n/n9ead20c8e8f6

図1 『橋本多佳子 全句集』の季語索引。オリオンが冬の季語に採用されている。

「橋本多佳子のようにオリオンなどを季語にした人は他にいるんでしょうか?」
「僕もそれが気になったので、少し調べてみた。」
「どうでした?」
「結論から言えば、ノーだ。」
「ありゃ、残念!」
優子はずっこけた。

「まず、橋本の師匠である山口誓子はオリオンなどを季語にしていない。」
「あっ、そうでした。」

「天文俳句(4)」参照
https://note.com/astro_dialog/n/n429ca3e819d1

「星の俳句に関する『星戀』という本まで出しているのにね。」
「いやはやです。」
「そこで、本屋さんに行ってみた。季語関係の本を探すためだ。そして、一冊、いい本に出会った。『季語を知る』(片山由美子、角川選書、2019年)という本だ。その本によればオリオンなどが歳時記に載ったことはあるそうだ。」
「すごいですね。」
「それは『図説俳句大歳時記』(角川書店、1973年)という歳時記だ。ただ、この歳時記では、天文関係の言葉の解説は、あの天文民俗学者の野尻抱影に依頼したそうだ。『星戀』の著者の一人だ。」
「ああ、それだと、かなりバイアスがかかりそうですね。」
「そして、その通りになったということだ。」
「でも、その流れは続かなかったんですね。」
「仕方がないと思う。なぜなら、多くの人は天文に興味を持っていない。仮に、俳句に月を詠み込んだとしても、天体としての月を意識しているわけじゃない。」
「風景の中の月。」
優子が的を射た意見を言ってくれた。
「そうなんだ。オリオンも、天狼も、昴も移ろう風景。歳時記に載っていたとしても、積極的に使う人は少ないと思う。結局、季語として採用する動きは出なかったんだろうね。」
「やむを得ませんね。」
優子も納得顔だ。

第四種の季語

「さて、そろそろ結論を出そう。」
輝明は一枚のスライドを映し出した(図2)。さっきから、パソコンにメモを書いていたのはこれだったのだろう。
輝明は新たな種類の季語を提案した。
「季語には三種類あるということだった(表1)。それに第四種の季語を加えるしかない。「個人で楽しむ」季語だ。」
「うーん、そこまでやるか、っていう感じです。」

図2 輝明のまとめた「星と星座の季語としての扱い方」。[3] が無難であると輝明は考えている。

「よし! じゃあ、神保町のカフェ、再びだ。美味しいコーヒーでも飲もう。また、僕が奢るよ。」
「やったー!」

どうも、季語の話のあとは、心が乱れて、疲れる。
二人はいそいそと街へ出た。
果たして、季語の話はこれで決着がついたのだろうか・・・。

<<< これまでの関連記事 >>>

天文俳句 (1)季語における天文https://note.com/astro_dialog/n/nb90cc3b733fd

天文俳句 (2)季語における天文、再び
https://note.com/astro_dialog/n/nf48bd3d54c58

天文俳句 (3)季語における天文、再び、再びhttps://note.com/astro_dialog/n/n1fb72e93a63f

天文俳句 (4)天文俳句の世界『星戀』https://note.com/astro_dialog/n/n429ca3e819d1

天文俳句 (5)『星戀』の秘密https://note.com/astro_dialog/n/nb57770dfd4da

天文俳句 (6)如月の季語にしたいやカノープス
https://note.com/astro_dialog/n/n2106ec3f2462

天文俳句 (7) 店からあふれた林檎は星空へと向かったのか? それともイタリアの街角へ?
https://note.com/astro_dialog/n/n9ead20c8e8f6

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?