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私もそこにいた 。〜『エルヴィス』を観て〜

満席のホール。
ステージに上がった「彼」を品定めする、幾多の目。
おどおどと視線を左右させる「彼」。足が震えている。
そして「彼」に浴びせられる冷やかしの声。

そのとき。「彼」は小さく息を飲み、客席を見すえ、高らかに歌いだす。
足の震えをリズムに変え、ギターをかき鳴らす。
呆然と見つめる観衆。女たちの目が釘付けになっていく。

「彼」の動きは激しさを増し、あやしく光る視線は客席を舐めまわす。
女たちは奇声をあげ、「彼」に手をのばす。
もっと、もっと、とせがむように。

映画『エルヴィス』のそのシーンを観て、私は既視感を覚えた。
この空気、私は知ってる。
こんな場所に、私はいたことがある。

それは、エルヴィス・プレスリーがやがて「キング・オブ・ロックンロール」となる道への第一歩をきった瞬間であり、女たちが「推し」と出会った瞬間でもある。

わかるよ、女たち。
私もそうやって推しと出会った。まるで神のお導きのようだった。
ステージの上で縦横無尽に歌い踊り、手を振り、客席に熱い視線をおくる「彼ら」。
私はほんの一瞬でも「彼ら」の視線をとらえようと背伸びする。名前を呼ぶ。周りの目など気にもならない。周りもみなそうだから。
(さすがに◯◯は投げませんけどね)

この映画でエルヴィスを演じたのはオースティン・バトラー。
失礼ながらまったく知らなかったが、彼が本当に素晴らしい。
特に中盤までのスマートで艶かしいエルヴィスは一見の価値がある。その怪しい瞳に心を射抜かれるに違いない。

そして名優トム・ハンクス。
彼とは気づかなかった観客もいたと聞くほど、みごとにパーカー大佐に化けている。
悪党オブ悪党、とまで言われる今回の役。でも少しばかりの悲哀も感じさせる、さすがの怪演っぷりだ。
エルヴィスを「金づる」として利用しようとする大佐と、それをわかっていながら離れられないエルヴィスの依存関係が、切ない。

名ビジネスマンとしての大佐も興味深い。
あのグッズ戦略は、もしかしたら現在の日本のショービジネスにも受け継がれているのかもしれない。私もずいぶん踊らされた。
クリスマスセーターを着たエルヴィス人形、ファンだったら絶対買ってしまうやつだ。

ただいま絶賛公開中であるこの作品、少しでも興味のある方はぜひ映画館で観ることをお勧めする。

観るのだ、みなの衆。


私が言いたいのは、それだけだ。



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