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満月の夜話(7) - 雪月花 -


”お互い違ってたけど、ずっと同じだった”

この小さなスーパー、いや田舎町の商店と呼ぶべきだろうか・・・。
「次にココに来るのはいつになるだろう。」そう考えながら私は店を出た所で突然声を掛けられた。

「よぉ、久しぶり。」
「あ、うん、久しぶり。あんたも来てたんだ?」
「お前と同じくお使いだよ。店の中ですれ違ったけど分からなかったか?」
「ううん、全然気付かなかった。」
「帰るんだろ?同じ道だし、暗いし一緒に帰るか?」
「・・・うん、ありがと。」
「袋、持ってやろうか?」
「いいよ、全然重くないし。」


ユッキーは私と同い年で、いわゆる幼馴染。隣の隣に住んでいる男の子で、私が産まれる前から家族ぐるみのお付き合い。
幼稚園に上がる前には毎日一緒に遊んでいたけど、その頃のユッキーは私よりも小さくて、男の子なのに泣き虫。私は普通に遊んでいるだけなのに、よく泣くので、私がイジメているみたいになった。
その度にお母さんから「ユキ君をイジメちゃダメでしょ!」と理不尽に怒られては、庭の物干し台の近くに座って拗ねていた。
『ユッキーと遊ぶのはもうヤメよう!』

『ハナちゃんと遊ぶのはもうヤメる!』
ハナは俺と同い年で、いわゆる幼馴染だ。隣の隣に住んでいる女の子で、俺よりも2ヶ月ほど先に産まれたらしい。
小さい頃は毎日一緒に遊んでいたけど、その頃のハナは俺よりも背が高く、女の子なのに乱暴者。そして俺は「ママゴト」のやり方が分からず、どれだけ教えて貰っても上手く遊べなかった。
俺はその度に『ハナちゃんがそろそろ怒り出すのではないか?』と心配しながら、ママゴトのビニールシートに座って怯えていた。


小学校に入学してからは、同じクラスになったりならなかったりしたが、俺には男子の友達が出来たし、ハナには女子の友達が出来た。
それでも親同士の付き合いや、住んでる地域の関係もあったから、時々は話をしたし、別に仲が悪かったわけじゃない。一緒にポケモンをやったし、漫画を貸したりもしていた。
でも、女子と一緒に遊んでいるのを見られるのが妙に嫌だったのは、今思えば男子小学生にしか分からない・・・ガキっぽい言動だったかも。
『ほら、貸してやるけど、クラスの友達には言うなよ。』

『はいはい、分かった分かった。』
まったく小学生の頃のユッキーはガキだったなぁ。もう少し優しくして欲しかった。私には女の子の友達が出来たし、それはそれで仕方なかったけど。
ユッキーはその頃サッカーをしてた。普段はあまり一緒に遊ばなくなったけど、時々は話をしたし、一緒にゲームをしたり、漫画を貸してくれたり。
家族同士、互いの家で一緒に食事する時には普通に話すのに、翌日の学校では昨夜の食卓とはまるで別人のように振る舞ったのは・・・そっか、私もユッキーと同じく子供っぽかったかも。


中学生になって、私は吹奏楽部に入部した。普通の中学校にしては顧問が厳しく、朝練上等の体育会系。その頃は勉強に部活にと手一杯で、朝練の後に授業、授業の後に部活、宿題の後に寝たらまた朝練。寝ても覚めても、部活と勉強だった。そんな記憶しかない。
その頃は何になりたいかなんて考えもしなかった。方法は分からなくても、ただ一生懸命歩けば、いずれこの道がどこかに繋がっている気がしていた。
一方のユッキーはまさかの帰宅部。学校で顔を合わせても、ダラダラした表情と制服、そして一生懸命さが皆無のユッキーにイライラした。
『ねぇ、アンタ、本当は何がしたいの??』

『何が?俺は別にやりたい事は特に・・・』
中学生の頃の俺には何もなかった。サッカーは辞めた。体が小さかったし、何もよりサッカーをしている自分がカッコいいとは思えなかった。俺はその頃、とにかくカッコ良くなりたかった。だから寝ても覚めても、少し頭が悪そうな音楽を聞いていた。そんな記憶しかない。
何かに打ち込めているハナが羨ましかった。音楽雑誌に載っている憧れのミュージシャン達は、田舎町の俺にとってスターウォーズの登場人物のように遠い星の異星人の事のように思えた。俺はその遠い星に行く方法が分からず、無闇に髪を伸ばしたりしていた。違う、悩んでいる事にしたかった。


高校生になっても所詮は田舎町だ。進学する高校は大抵決まっている。仲の良い友達も殆どそのままだったが、珍しく他所から入学したシンヤという友達が出来た。この町にいる人間とは違う垢抜けた目線を持つシンヤはギターが上手く、シンヤと出会って俺はベースに夢中になった。シンヤは音楽が好きなヤツで、指弾きとピッキング、ハーモニクスの出し方、コードの知識を教えてくれた。
俺はベースを弾くことで、遠い遠いはずの星が少し近づいた気がした。
その時だったと思う、俺の中で何かが晴れた気がした。
そこからはベースを弾きまくった、勉強もしまくった。シンヤとバンドを組んでとにかく走った。
そしてあの日、人生で初めてライブのステージに立った。
『なぁお前、明後日ひま?ライブ来ねぇ?』

『ライブ?・・・ていうかアンタ変わったね。うん、変になった。』
ユッキーとは別々の高校に進学した。私の学校はいわゆる進学校だった。
私はちょっと自信を失っていたと思う。吹奏楽も辞めちゃったし、勉強について行こうとする気持ちが空回りして、何もかもが上手くいかなかった。
図書室でアユミと仲良くなって以来、私は絵を描く事に夢中になった。アユミは絵を描くのが好きな子で、デッサンと構図、人物の鼻の描き方、色使いを教えてくれた。
私は絵を描くことで、広い広い世界に飛んでいけるような気がした。
その時だったと思う、私の中で何かが晴れた気がした。
そこからは絵をすっごいたくさん描いた、勉強もたくさんした。アユミともたくさん話してとにかく笑った。
そしてあの日、人生で初めてライブのステージを観た。


あの日、初めてライブへ行ったあの日。
私は一目惚れした。ステージの左側で演奏する男性に。最初はそれがユッキーだなんて信じられなかった。泣き虫で、ガキっぽくて、自堕落なクセに、いつの間にか男らしくなったユッキーの事を。
ドキドキしながら帰った後、私はスケッチブックに1枚の絵を描いた。
今夜見たユッキーを私は1枚の絵に閉じ込めた。
『・・・別に。ジャカジャカ騒がしい音楽だった。』

『はぁぁ?お前ちゃんと聴いてたか??』
あの日、初めてライブで叫んだ次の日。
俺は一枚の絵を貰った。目の前で黙り込む女性から。最初はそれを描いたハナの心が信じられなかった。ガサツで、ガキっぽくて、熱血なクセに、いつの間にか女らしくなったハナちゃんの事を。
ソワソワしながら絵を見た後、俺はこの絵が自分だと一目で分かった。
今日見たハナを俺は一生忘れないと心に綴じた。

ようやく走りだした3年を経て、俺は東京の大学へ進学する事になった。
バンド活動も続けていくつもりだ。4月になったらこの町を出る。
ゆっくり立ち上がれた3年の末、私は仙台の大学へ進学する事になった。
絵は描き続けていくつもり。3月末にはこの町を出よう。


スーパーの帰り道。なんてムードの無いシチュエーションなんだろう。
話が続かないユッキーとの時間の中、手元のレジ袋の牛乳の重さだけが有り難かった。

「お前、4月から仙台に行くの?」
「え? いや、3月末には向こうに行く予定だよ・・・。」
「そっか。じゃあ次に満月を見るのは、お互い別々の場所だな。」

はぁ?? と思いながら、暗くなりだした3月の夜空を見上げる。
確かにそこには満月が浮かんでいた、ちょっと照れた。
18歳、これまで満月は何度私たちの上に浮かんだのだろう・・・?
ユッキーが泣き虫だった頃も、私達はずっと同じ場所から月を見ていた。

やばい!!と恥ずかしくなりながら、俺も慌ててもう一度夜空を見上げる。
確かにそこには満月が浮かんでいた、ちょっと安心した。
18歳、これまで満月は何度俺たちの上に浮かんだのだろう・・・?
ハナが乱暴者だった頃から、俺達はずっと同じ場所から月を見ていた。


 知ってる。好きな事も好きだってことも。
 でも言葉にはせず、お互い幼馴染のままでサヨナラしよう。
 お互いの重荷にならず、新しい場所で、新しい人に出会おう。
 そして、恨みっこ無しで恋をしよう。
 『18年間、ずっとずっと一緒でいてくれて、ありがとう。』
 だから今はこれくらいにしておこう。


「満月か・・・綺麗だね。」
「あぁ、綺麗だな。」



お読み頂き本当にありがとうございます。もちろんフィクションです。
カラオケのデュエットの歌詞を見た時に思い付いた事で、2人がガチャガチャと順番に出てきたら面白いんじゃないの?と思ったのですが、肝心の内容が面白くなりませんでした。歌詞っぽくとか考えたんですが、全体的に梗概みたいになった。次回は言い訳を書かなくてもいいように頑張りたいです。
次回の満月は4月24日(水)らしいです。



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