嘆きの海
此処は月。
幾光年を越へて、やはり僕は戻ってきた。そう思って居たよ。
独り乗りのグリーンライト製宇宙船は故障している。月に暫くは暮らす定めだ。
僕はカプセルスイツのジップをしっかり口許迄上げ、立ち尽くした。方々を見る。
「美しひところには、いつも海があるナア。」
呟く。
凹凸が成した沢山の海。月の海達。
今僕は、そのうちの一つの砂浜に立っている。嘆きの海。昔の人は幾分も詩的だったのだな。
白ばんだその海に、ブーツでそっと踏み入れる。次に空を描く手を、躰を。
塩分の多い嘆きの海では、躰がぽっかりと宙に浮く。宇宙で宇宙遊泳。僕のお気に入りだ。
「鳥を一羽、今度連れてこやう。」
そうしたら屹度素晴らしいたろうなあ。
両の手で菱形や三角、色々なかたちを作る。月の夜空を切り取らんとする試みだ。カンバスは定まらず、諦めた僕は海に躰を任せた。
漂う。
漂流し何処かへ行って仕舞うこと。
そんな風に、僕はいつもいつも、探して居るんたよ。
そしてそれは君では無ひ。
「あんまり綺麗たから、もう少し。」
嘆きの海に身投げをした僕の骸は、海底に沈んでゆくのたろうか、それとも宙にパサララと放り投げられるのたろうか?
思考停止。
酸素スイッチを切る。
嘆きの海に、僕は---
(レッドライト、応答コフ、ツーリー、シシ…)
おたすけくださひな。