見出し画像

ぜったい間違えている

illustrated by スミタ2023 @good_god_gold

 たいていの警告は無視されるのが常である。初めのうちは天文学者たちの言うことを真に受ける者など誰一人いなかった。だが、やがてその物体が肉眼でも見えるようになると、こんどは誰もが天文学者たちに助けを求め始めた。中にはどうしてもっと早く警告しなかったのかと厳しく批判する者まで現れた。
「あれはいったい何なのです?」
「私にもわかりませんが、自然物でないことだけは確かです」
 拡大された天体写真を画面に映し出しながら天文学者は困ったように首を傾けた。
 数ヶ月かけて物体が太陽系の内側に入ると、それは、これまでの天文学者たちの予想よりも遙かに大きなものだとわかった。正面から捉えていたときには水滴のような形だと思われていたのだが、観測データを分析すると実際にはかなり細長いことが判明した。筒の先端にだけ凸凹とした装飾的な突起があるものの、ほとんどは滑らかな表面に覆われている。しかも内側は中空になっているらしい。
「いわば長い筒ですね」
 天文学者はイラストを画面に映した。
「筒ですか」
「筒です」
「で、中には何が入っているんですか?」
「わかりません」
「なぜあんなものが現れたんですか?」
「わかりません」
 目的はわからないが、金属的な光沢を見せる巨大な筒が、まっすぐ地球を目指していることは間違いない。 
「どうやらあの中には何も入っていないようです」
 物体が地球に近づけば近づくほど精度の高い観測データが得られるようになる。
「からっぽの筒です」
 だが天文学者たちの発表はまたしても世間に無視された。
 あの中には宇宙の先進文明から送られた手紙が入っているはずだ。人類を滅ぼすための細菌が詰まっているにちがいない。あれは生物のサンプルを入れて持ち帰るための容器だ。人々は思い思いに考えたままを口にし、そして、自分が口にしたことを信じようとした。
 さらに数ヶ月が経った。
 木星の外軌道を巡る人工衛星が、ようやく物体をいくつかの方向から撮影することに成功し、筒の形状がよりはっきりとわかった。
「これって」
 天文学者たちは目を擦り直したが、写っているものは変わらない。
「鍵ですね」
 どう見てもウォード錠の鍵だった。筒の先端にある突起は装飾ではなく鍵歯だった。
「なぜこんな巨大な鍵が宇宙を飛んでいるのだ?」
「地球に来てどうするつもりなのだろうか」
 天文学者たちは互いに顔を見合わせたが、説明できる者はいなかった。
 あと数週間で鍵は地球に到達するが、そのとき何が起きるのかは誰にもわからない。

「うわあっ」
「わああーーッ」
 丘の中腹に腰を下ろしてぼんやり空を見上げていた少年たちが突然大きな声を上げた。数日前から頭上にはキラキラと金色に輝く巨大な鍵が浮かんでいたが、その鍵がいきなり向きを変えたのだ。
「どうした?」
「ほら、あれ」
 少年たちの指差す方向を見て、周りの大人たちの口があんぐりと開いたままになった。
 鍵は鍵歯を真下に向けてゆっくりと降りてくる。
「近くに落ちるぞ」
「すぐに逃げろ」
「まずい」
 気を取り戻した大人たちが口々に叫んで走り始めたが、少年たちはその場に留まり、鍵が落ちてくる様子を丘の上から眺めていた。
「あれってさ」
「うん」
 もう少年たちには鍵がどこへ向かおうとしているのかわかっていた。このあたりはどこまでも平地の広がる地形だが、ところどころに丘が盛り上がっている。鍵が向かっているのは遙か向こう側に見える大きな丘だ。
「プッ」
 少年の一人が噴き出した。
「ぜったい間違えてるよな」
「だよな」
 もう一人も噴き出した。
 前方後円墳。
 丸い形の丘と四角い形の丘がつながって、双丘の鍵穴状を見せる古墳である。上空から見ればたしかに鍵穴のように見えるがもちろん鍵穴ではない。あくまでも古墳だ。
「あれを鍵穴だと思っちゃったんだな」
「宇宙からだとそう見えるのかも」
 金色に輝く鍵はしだいに落下する速度を上げ、ついにその先端が丘に触れた。地面を激しく震わせながら鍵は前方後円墳に深く突き刺さっていく。
「あーあ、やっちゃったよ」
「バカだよな、宇宙人も」
 激しく揺れる地面に転がりそうになりながら、少年たちは大声で笑っていたが、やがてぴたりと笑うのやめると、遠くの鍵を見つめたままゴクリと息をのんだ。
「なんかあれ、ちゃんと刺さってるみたい」
「うん、だよな」
 古墳から空へ向かって突き出すように伸びた金色の鍵は、しばらくその場でじっと止まっていたが、やがて数十キロ四方に響くかと思われる大きな音を立てて回転を始めた。
 ガッチャ――――ン。
 きっちり百八十度回転したところで巨大な鍵は動きを止めた。
 ゴゴゴゴゴ。
 地面が唸るような音を立てて再び激しく揺れ出した。こんどはもう少年たちも立っていられない。

ここから先は

72字
この記事のみ ¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?