検温
店内に入るとアルバイトらしき若者が甲斐寺に笑顔を向けた。
「手指の消毒と検温にご協力お願いします」
「はいよ」
甲斐寺は機械に手を差し出し、噴出された消毒液を指の間にまでしっかりと行き渡らせた。きちんと消毒しておかなければ、ちょっとしたことであっという間にダメになるから、こういうことは念入りにやっておかなければならないのだ。
「この店、冷房が弱くないか?」
甲斐寺は店員に聞いた。妙に室内が暖かい気がする。
「まずは検温を」
店員は質問には答えず、手にした非接触型の検温器を見せる。やりとりは全部マニュアルで決まっているのだろう。アルバイトに聞いてもしかたがない。
「で、腕? 額?」
「あ、おでこでお願いします」
「はいはい、おでこね」
甲斐寺が片手で前髪を持ち上げると、店員は申しわけなさそうに軽く頭を下げた。
ピピ。
電子音が鳴り、店員は満足そうに頷く。
「八度です。大丈夫ですね。どうぞお好きな席にお座り下さい」
「は、八度だって?」
甲斐寺は目を剥いた。
「はい、八度ですが」
店員は何が問題なのかとでも言いたげな顔で、いま計測したばかりの液晶画面を甲斐寺に見せた。
確かに八度と表示されている。
「いや、大丈夫じゃないだろう。だって八度だぞ? わかってるか? 八度だぞ?」
「えっ? でも、三十七度を超えていなければ大丈夫だって店長が」
若者は急にしどろもどろになった。おそらく誰からも教わっていない状況なのだろう。
「いやいやいやいや、そんなのありえないだろ」
甲斐寺は思わず苦笑した。
「まったく困った連中だな」
そう言って頭を掻こうと腕を持ち上げた瞬間、肩からボロリともげた腕が床に転がった。
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