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しがらみ

illustrated by スミタ2022 @good_god_gold

 割れんばかりの拍手を受けて舞台袖から現れた首相は、あきらかに様子がおかしかった。就任式のときからおかしかったが、いま演台へ向かう姿はそれどころではない。同じ側の手足が同時に前へ出たり、一度前に出した足が後ろへ引っ込んだり、とつぜん斜め上を見たり、下げた足をいきなり大きく蹴り出したり、とにかくあらゆる動きがギクシャクしているのだ。
 ガクガクと不自然に歩きながらもなんとか演台へ辿り着いたが、今度は両肩が吊り上がったままで、腕を動かすことができない。慌てて飛び込んできた補佐官が、肩に絡みついていたヒモを外すと、ようやく首相は安堵󠄀の顔を浮かべた。
「あー、国民のみなさん」
 顎の下についている棒が上下するのと同時に、四角く切り取られた口がパクパクと動く。天井から垂れ下がっているヒモがくいっと強く引かれると、片方の腕がすっと持ち上がった。
「えー、この一年、いろんなことがありました」
 別のヒモが引かれて、首相の頭が大きく頷くように動く。
「丁寧な説明を、と私は申し上げて参りましたが」
 左右の腕から天井へと伸びるヒモが同時に引かれ、首相は両手を挙げる格好になった。そのまま腕がぐるりと頭の後ろ側へ回る。
「ああっ」
 足先から伸びるヒモが何かに引っかかったらしく、首相は片方のつま先をピンと伸ばした。そのまま片足が高く持ち上がってバレエでいうアラベスクのようなポーズになった。
 見上げると、天井のキャットウォークでは、数人の男女がそれぞれ大きな十字型の吊り手を持って真剣な顔つきで舞台を見下ろしている。吊り手からぶら下がった何本ものヒモが、首相の体中に取り付けられているのだ。
 彼らもなんとか首相をうまく動かそうとしているのだが、複数の操り手がそれぞれ自分のヒモを勝手に動かそうとするものだから、ぶつかりあってどうしてもうまくいかない。統一できていないのだ。
「総理」
 会場に大きな声が響き渡った。顔なじみの政治記者である。
「いいですか総理」
 今や手足が複雑に絡み合って動けなくなった首相は、それでも一本のヒモがうまく引かれて、顔を会場に向けることができた。口がパクパクと動いて、背中の辺りから声が出る。
「何でしょう?」
「丁寧な説明もいいですが、その前に」
 記者は天井から垂れている何本ものヒモを指差した。
「もう、そういうしがらみを全て断ち切ったらどうですか?」

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