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本日の会見で

 補佐官がマイクを持つと会見場内のざわめきがすっと落ち着いた。
「それでは定例の官房長官会見を行います。長官、お願いします」
 袖から足早に登場した官房長官が演台に着くのと同時に、会場にいる記者のほとんどがパソコンのキーボードに指を掛けた。未だにノートとペンを使っている者は数名しかいない。
 長官はマイクに顔を近づける前に、まず足元に置かれている黒いケースに目をやった。硬質プラスチック製のケースは、幅は三十センチほどだが長さは二メートル近くある。
 あのケースにはいったい何が入っているのかと先ほどから記者たちは気を揉んでいた。
「えー、急ではありますが、本日の会見でワタクシから国民の皆様へ一つご案内があります。これは今日ここで初めて皆様にご案内するものです」
 ええっという驚きの声が上がった。事前に配られたレジュメには載っていない話だった。会場内がざわつき、記者たちは慌ててパチパチとキーボードを叩き始める。
 長官は会場の最後列に並んでいるテレビ局のカメラを意識するようにゆっくりと視線を遠くへ向けた。通常の定例会見とは違い、生中継している局も複数ある。
「それでは」
 長官はおもむろにしゃがみ込むと、パチリと小気味よい音を立ててケースのラッチを外ししずしずと蓋を開けた。ちょうど会場側に蓋の背が向くため、記者席から中身を見ることはできなかった。
 ケースの中から細長い金属製のパイプを取りだした長官は、旗手が旗を持つように両手でパイプをしっかりと握りしめながらゆっくり立ち上がり、パイプを高々と掲げて見せた。
「えー、本日ご紹介するのは、こちらの高枝切りバサミです」
 ええっという驚きの声が再び上がった。先ほどは記者たちの声だったが、今度の声は明らかに中年女性たちのそれだった。
「手の届かない高い位置にある枝を、無理なくカットできます」
 わーお、という歓声とともに小さな拍手が湧き起こる。
「この高枝切りバサミは、米国NASAでもお馴染みのカーボンファイバーを採用した最新の五段ポール方式。百二十センチから二メートル八十センチまで、なんとお好きな長さに調整できます」
 長官は得意げな顔をしてポールを最大限に伸ばした。長く伸びたポールがユラユラと揺れ、はさみが天井に届きそうになる。
「しかも、ポールの先端には、大小のハサミに鋸歯、鏨、それにキャッチャー、さらには虫取り網など、さまざまなオプションパーツを取り付け可能。これ一本でなんと九役をこなします。これによって国民の、その、アレが向上し国際競争力が一気に高まる所存です」
 えええっ! 女性たちの感心したような声が一斉に響き渡った。
「おそらく国民のみなさんの多くは、刃の取り扱いをご心配されるかと存じますが、ご安心ください。我が政府では刃先ロック機能を導入し、不用意な事故が起こらないよう万全の体制で臨みます」
 舞台袖から壇上に台車が押されてきた。台車には巨大な鉢に植わった大きな松の木が乗っている。舞台の中央辺りで台車が止まると、長官は高枝切りバサミを持ったままヨロヨロと松の木に近づいた。
「このようにしてですね」
 ハサミの先端を松の枝に当てる。腕に力が入った。
 一斉にフラッシュが炊かれ、両手でポールを持った長官の姿がカメラに収められていく。
 パチン。バサッ。
 大きな音を立てて太さ十五センチほどの枝が切り落とされた。

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