別れのとき
ぽつりぽつりとガス灯が点り、すっかり暗くなっていたプラットホームの地面にぼんやりとした光の輪が等間隔に落ちていった。光の筋を通り抜ける雪の粒がキラキラと銀色に輝く。
発車までまだしばらく時間があるからなのか、列車の中は照明が点いていなかった。映り込む光がないので窓外の景色がはっきりと見える。
プラットホームに目を遣りながら利揮はゆっくりと通路を歩き、座席に腰を下ろしたあと、静かに窓の外に向かって微笑みかけた。
ちらつく雪の中、里桜が立っていた。マフラーで顔の半分を覆っているが、赤くなった目を見れば泣いていることはわかる。里桜の泣き顔を見ているうちに、利揮も目頭がじんと熱くなるのを感じた。慌てて顔を天井に向ける。妙に懐かしい香りが鼻の奥に広がった。子供のころから何度も感じてきた香りなのに、それが何の香りなのかは未だにわからない。
「まもなく三番線から」
駅の構内にザラついたノイズ混じりの声のアナウンスが流れ始めた。
コツン。
里桜が窓硝子を指先で叩いた。何か言っているがアナウンスに紛れて聞き取れない。
利揮は窓を開けようとしたが、木製の窓枠は両端を釘でしっかりと留められていて開けることができなかった。静かに首を左右に振ると里桜は目を赤くしたまま、しかめっ面をして見せた。そうして二人は窓の外と内側で同時に笑った。
ポーッ。
汽笛が鳴った。遠くで犬が吠える。
利揮はグッと奥歯をかみしめた。今日この街を出たら、しばらく戻ることはないだろう。里桜もそれはわかっているはずだ。それでも彼女を連れて行くわけにはいかなかった。
すっと硝子に貼り付けるように置かれた里桜の手に、利揮も自分の手をそっと重ね合わせた。なんだか映画のワンシーンのようだったが、照れくささは感じなかった。
ピーッ。
二人の時間を終わらせるかのように、車掌の吹く笛の音が鳴り響いた。
ガキャン。
動輪のシャフトが低く大きな金属音を立てた。出発の時間だ。
マフラーを外した里桜が背伸びをして小さな顔を窓に近づける。
「あいしてる」
そう言っているのが、口の動きでわかった。
「俺も、愛しているよ」
利揮はそう言って、自分も顔を窓に近づけた。
硝子越しのキス。いつかまた彼女に会える日が来るだろうか。何十年も経った後に、この街へ戻ってくる俺を、年老いた彼女は待っていてくれるだろうか。
ポーッ。ポーッ。
汽笛が二度鳴る。
ゆっくり顔を窓から離し、里桜の顔を見つめた。彼女の黒い瞳がまた潤み始めている。
里桜の前髪に雪がそっと乗った。小枝の先で休む白い小さな蝶のようだった。
「さようなら」
声を出さずにそう言って片手を上げると、マフラーを深く巻き直した里桜もそっと胸の前に手を上げて小さく振った。どこまでも真剣な眼差しが伊福の心に深く刺さるようだった。
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