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乗る人

illustrated by スミタ2023 @good_god_gold

営業三課の居室に戻ってきた飯尾は怪訝な顔をしたまま自分の席についた。
「どうした?」
奥から声をかけたのは係長の井間賀だ。切れ者風の銀縁メガネをかけているが、度は入っていない。ただの伊達メガネである。
「二課の木寺が食堂の床に」
そう言って飯尾は困惑したように首を振った。
「今度の現場図面を広げて、その上に仁王立ちになってたんです」
「ああ、最近あいつ図に乗ってるからな」
隣の席から比嘉が口を挟んだ。
「え?」
思わず飯尾は比嘉を見た。
「あいつ、どこでもすぐ図に乗るんだよなあ」
比嘉はそういって、手に持っていたハンバーガーにかぶりついた。昼食のあと必ずハンバーガーをおやつがわりに食べるのだ。
「そうそう。木寺さん、この間なんて駅でも図に乗ってたんだよ」
「エレベーターの中でも乗ってたでしょ?」
「えー。カッコ悪い」
向かいのデスクで鏡を見ながら化粧を直していた三葉が呆れたように言った。
「まあ、二課の木寺くんはいいとしてさ」
井間賀はパンっと手を叩いた。
「システム部の佐原、あいつはヤバいぞ」
「なにがですか?」
「彼な、調子に乗ってたんだよ」
「調子に!?」
「どうやって?」
課員たちがざわめく。
「俺も、びっくりしたよ。役員フロアの廊下で、シュルシュルシュル~っと奥の方から何かがすごい速さでやってくるなと思ったら、それが調子でさ」
そう言って、井間賀は両手で調子の形をつくってみせた。
「その上に佐原が乗ってたんだ」
「それはヤバいですね」
「だろ。お前らはそういうことのないようにな」
「ま、うちの成績じゃ、乗ろうとしたって図にも調子にも乗れませんからね」
「だよな~」
飯尾がボヤくと全員が一斉に笑った。
「待て待て、お前ら、笑ってる場合じゃないだろ~!」
井間賀が楽しげにそう言うと、課員たちは一瞬黙り込んだあと、再び大声で笑い始めた。

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