パン食
渡師はいつもどおりの時刻に家を出て駅へ向かっていたが、しばらくすると、道行く人がチラチラと渡師を見ては妙な顔をすることに気づいた。中には笑いそうになっている人もいる。いったいおれの何がおかしいのかと渡師も妙な顔つきになった。
「渡師」と駅前で声をかけてきたのは営業部の比嘉で、棟は違うが同じ社宅に住んでいるから、朝はこうしてときどき一緒になることがあった。
「おお、おはよう。金曜なのに早いな」
「そんなことよりさ、お前、ご飯を連れてるぞ」
比嘉は渡師の背中側にひょいと顔を向けて、地面を指差した。
振り返って見れば、親指の先ほどの小さなご飯の塊が、長い列になって渡師の後ろに続いている。
「うわっ、なんだこれ」
思わず後ずさった渡師の足にご飯がすり寄ってくる。
「もしかしてさ、お前、新米を炊いたんじゃないのか」
「うん、炊いた」
ふだん朝食はパンで済ますのだが、昨日親戚から米が送られてきたので珍しく朝から米を炊いたのだった。
「炊き上がってすぐに蓋を開けただろ?」
「ああ」
「やっぱりな」
比嘉は自分の額をぺちりと手で叩いた。
「あのさ、炊きたての新米は、最初に見たものを親だと思い込むんだよ」
「そうなのか?」
「しばらくたいへんだぞ」
そう言って比嘉は何がおかしいのかニヤニヤと笑い始めた。
さっきまで一列になっていたご飯の塊が、いつのまにか渡師の足元に集まっている。渡師はゆっくりしゃがむと、ご飯に向かってそっと手を伸ばした。まさか、こんなに大量のご飯が自分についてきているとは思わなかった。
ここから先は
205字
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?