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やっぱり春だから

 コインランドリーのベンチに腰をかけ、洗濯と乾燥を終えたばかりの靴下を履こうとしたところで、ふと指先に硬いものが触れた。よく見ると履き口に小さく白い粒状のものがいくつかついている。
「なんだよこりゃ」
 洗濯機でついた砂なのか、硬くなった糸玉なのかはわからないが、とにかく気になる。飯尾拓也は履き口を大きく開いて、白い粒を指で擦り取ろうした。その瞬間。
 キョキョキョッ。
 靴下が妙な鳴き声を上げてぐにゃりと体を捻った。そのまま拓也の手から逃げようとする。
「おいちょっと待て」
 ポロリと拓也の手からこぼれ落ちた靴下は、洗濯機の下にある隙間を目指して床の上をクネクネと這っていく。ほかの靴下と同様、こいつも暗いところや狭いところが好きなのだろう。
 もう少しで洗濯機の下へ滑り込むところで、拓也は靴下をがっちりと上から抑えつけ、なんとか捕まえた。
 捕まった靴下は手の中でクネクネと体を動かし続けている。白黒の縞模様だから、一見、動物に見えなくもないが、間違いなく靴下だ。
 拓也は靴下のまちを左手で掴みながら、右手の指を履き口に差し込んで、もう一度大きく開いた。やっぱり白い粒状のものが履き口の内側についている。
「どうしたの? 洗濯は終わったんでしょ?」
 拓也に洗濯を任せて買い物に行っていた里桜だった。
「この靴下に何かついていたから、取ろうとしたら逃げ出してさ」
 拓也は靴下を掴んだ手を里桜に向けた。
「ちょっと見せて」
 里桜は靴下を受け取ろうと両手を揃えてそっと差し出す。
 拓也が手の力を少しばかり緩めると、靴下は手の中からするりと抜け出して、里桜の手の中へ収まった。
 キョキョッ。また鳴いたが、さっきとは違って今度は落ち着いた鳴き声だった。
「これってさ」
 里桜は履き口を軽く開いて、白い粒に指先で触れた。
「歯だよ」
 そう言って拓也を軽く睨み付ける。
「ダメだよ、取ろうとしちゃ」
「歯?」
「ねえ、痛かったね。無理やり取ろうとされたんだね。でももう大丈夫だよ」
 里桜が優しくかかとのあたりと撫でてやると、クネクネと体を動かしていた靴下は、やがて大人しくなり、どうやらそのまま眠ったようだった。里桜は静かに靴下を拓也に返した。
「歯って乳歯?」履き口を覗き込みながら拓也が聞く。
「うーん、最初の歯だから、やっぱり乳歯じゃないの?」
 おそらく里桜もそれほど詳しくは知らないのだ。
「とにかく、生えているものなんだから、無理にとっちゃダメだよ」
「わかったよ」
 拓也は受け取った靴下をもう一つの靴下と合わせて丸めると、洗濯袋の中に放り込んだ。勢いよく投げたにもかかわらず、靴下はぐっすり寝込んだままで起きる気配はない。念のために、ほかも調べてみると十足ある靴下のうち六足に乳歯が生え始めていた。

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