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条件反射

illustrated by スミタ2022 @good_god_gold

「それでは検査キットの中の筒に、唾液を赤いラインまで入れて下さい」
白衣を着た小柄な女性が丸古三千男にポリ袋を手渡した。
「あ、はい」
袋から小さな透明の筒を取り出し、アクリルで仕切られた個別のブースで壁に向かってしばらく口をもそもそと動かしてみるが、どうも上手くいかない。
「どうですか?」さっきの女性が背後から声をかけてきた。
「……」
 丸古は黙ったままそっと振り返り、悲しそうに首を左右に振った。
「どうされました?」女性の目が丸くなる。
「すみません。なんだかぜんぜん唾液が出なくて」
「ああ、そういうことですか。それは困りましたね。でしたら、唾液が出やすくなる写真などをご覧になりますか?」
「お願いします」
女性はホッとした顔になり、すぐそばにあるカウンターからハガキほどの大きさの写真を何枚か持ってきた。
「まずは、ダチョウが立ったまま眠っている様子です」
「え?」丸古は戸惑った。
「それと、こちらは自動車事故の現場ですね。車三台が大破しています。それから、これは投票日の朝一番に投票箱が空っぽだということを証明する写真です」
「はあ」丸古はますます困惑した。若者ならば、これでも唾液を出せるのだろうか。
「どうでしょう? 出そうですか?」
 女性が丸古を見て軽く微笑む。
「えーっとですね、梅干しとかレモンとか、そういう写真ではないんですね」
「あ、そっちですか? たべもの系がいいんですね? なんだ、だったら先に言ってくださいよぉ」
「すみませんね」丸古は憮然とした口調で謝った。
「それでしたら、これはどうですか?」
女性はすばやくカウンターから別の写真セットを取り上げ、丸古の前に並べ始めた。
「これは、床に垂れた醤油を拭き取ったティシューで、こっちが天ぷらを揚げ終えたあとの油ですね。ちゃんと凝固剤で固めてあります」
「いやあ、こういうんじゃなくてね」丸古は彼女の言葉を遮った。
「だったらどんな写真がいいんですか?」
「えーっとですね、 ほら、生肉だとか、あとは牛の骨だとか」
「あっ、そういうことですか。わかりました。もちろん、大丈夫ですよ」

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