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メッセージの宛先は

 ここへ来てからそろそろ三年になる。井間賀俊哉は人気のない砂浜に腰を下ろし、ゆっくり空を見上げた。どこまでも広がっていく青空は、遥か遠くで緑色の海と溶け合っている。
「ふう」
 溜め息さえも空に吸い込まれて行きそうだった。
 まさか自分が無人島に流れ着くとは思っていなかったし、最初のころはこんなに長く暮らせるとも考えていなかった。自分のことながら、どうせすぐに朽ち果てるだろうと諦めていたのだ。ところが子供時代に読んだ冒険小説やテレビで見たサバイバルの知識が意外に役に立って、今のところなんとかなっている。
 とはいえ、俊哉としては早くここから逃げ出したかった。
 いつ助けが来るかもわからないが、こうして毎日砂浜に出て遥かな水平線に船影がないか、空に機影がないかと、期待せずに眺めている。
 ふと指先が硬いものに触れた。砂の中に何かが埋まっている。両手で軽く掘り起こすと、緑がかった透明色の筒が出てきた。口にコルク栓が硬く深く差し込まれた古いガラス瓶だ。
 これまでこの島に人の住んだ痕跡は一切ないから、きっと何処からか流れ着いたのだろう。
「俺と同じだな」
 俊哉は瓶を手にしたまま独りごちてから小さく笑った。こうやって事あるごとに笑っておかないと、いずれ笑いかたを忘れてしまいそうだった。
「ん?」
 瓶の中で何かが動いたような気がした。持ち上げて陽に透かしてみる。どうやら折り畳まれた紙が入っているようだ。
 メッセージボトルか。
 俊哉は大きく頷いた。かつて何処かで今の俺と同じような思いをした人がいたのだろう。
「少なくとも、この人の手元には瓶があったってことだな」
 俊哉は静かにコルク栓に指を当て、途中でちぎれないように慎重に時間をかけて抜き取った。
 瓶を逆さまにして手のひらで紙片を受け取ると、瓶を足元に投げ捨てるようにして紙を広げた。かなり古い紙だったが、炭で書かれたらしい細い文字は、はっきり読み取ることができる。
 俊哉は砂浜に寝転がってメッセージを読み始めた。

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