横断歩道
斜め向かい側の横断歩道を親子連れが渡っていた。
「ほら、あれ」
信号待ちをしながら飯尾拓也が隣の街野彩に笑いかける。
「あの女の子さ、白いところだけ歩いてるじゃん」
「ああ、あの女の子。あれ私も小さいころやってたなあ」
「オレはやらなかったけど友だちはやってたよ」
拓也は軽く肩をすくめた。
「あれは何なんだろうな」
「黒いところを踏んだらどこかに落ちちゃうんだよね」
彩が真剣な顔で言う。
「何言ってんだよ。バカだな。ただのアスファルトなのにさ」
そう言って拓也は足をひょいと伸ばし、横断歩道の白線と白線の間に飛び移るように立った。
「ほら。何も起きないじゃん」
拓也は笑う。
「あの子は、ああやりながらちゃんと横断歩道を渡るんだよね」
「ほら見ろよ。黒いところを踏んでも何も起きないだろ。平気だよ」
拓也は戯けてクルクルと踊り始める。
信号が変わって人々が一斉に歩き始めた。
「拓也もあのときちゃんと横断歩道を渡っていればよかったのに」
彩は交差点の脇にある電柱の根元に置かれた花束をじっと見つめ、大きな大きな溜息をついた。
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