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illustrated by スミタ2023 @good_god_gold

 今の季節、緯度の高いこの国では夜の十時近くになってもまだ空は明るく、街にも人が溢れかえっていた。やっかいな商談をたった一人で終えた疲れもあって、しっかりとした食事を摂る気にはなれず、木寺は手近なパブの扉をくぐることにした。帰りの便は明日の昼だから、多少は飲んでも大丈夫だろう。
 店の外にはいくつものテーブルが置かれ、それぞれ大柄な男たちが集まって、ビールを飲みながら大声で笑い合っている。
「ビールをパイントで」
 そう言ってカウンターに紙幣を置いた。
「それと、何か食べるものはある?」
 カウンターの向こう側から、でっぷりと肉のついた赤ら顔の女性が、怪訝な顔つきで木寺に視線を送ってきた。
「あんた、身分証は?」
「え?」
「この国じゃ未成年に酒は出せないんだよ」
 木寺は頷いた。たいていの国でそうなっている。だがいくら童顔だとはいえ、五十を過ぎたしょぼくれ男をさすがに未成年とは思わないだろう。
「俺が未成年に見えるのかい?」
 興味本位で聞くと、
「見えるとか見えないじゃないんだよ」
 女性は面倒くさそうな口調になった。ゆっくりとした動作で空になったグラスを流しで洗い始める。
「何かあったらあたしらが警察にしょっぴかれるんだ」
「だから身分証さえ確認すればいい?」
 木寺がさらに聞くと女性はうんざりした顔で腰に手を当てた。
「あんたがヨボヨボの爺いだろうと高校生だろうとそんなことは関係ないのさ。だいじなのは身分証を確認したって事実なんだよ」
「なるほどね」
 木寺は尻のポケットからパスポートを取り出して広げた。
「はん。あんた五十過ぎてるのかい。三十そこそこにしか見えないね。ほら見なよ」
 女性の隣でカクテルをつくっていた若い男性も木寺のパスポートを覗き込んで、噴き出しそうになる。
「はいよ。ビールをパイントで。あとクリスプスね」
「ありがとう」
 木寺は受け取ったビールのグラスに口をつけた。柔らかな泡がクリームのように感じられて、ひと息に三分の一ほど飲み乾した。
「ああ、うまい」
 思わず声が出る。

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