寝る前の記憶
illustrated by スミタ2022 @good_god_gold
ハッと目が覚めるといつの間にかベッドに横たわっていた。どうやら着替えもせずに寝込んでしまったらしい。かなり汗を掻いたようで枕がぐっしょりと濡れている。伊福はゆっくりと上半身を起こして、指先で目頭をぐいっと強く押した。頭がやたらと痛かった。
いったい俺はどこで何をしていたんだっけ。そっと頭を振ってみるが、痛みが増すばかりで何も思い出せない。どうやって家に帰って、いつベッドに潜り込んだのだろうか。確かタクシーに乗り込んだことだけは薄らと覚えているのだが、車を降りた記憶はまるでなかった。あのタクシー。どこで乗ったんだろう。
ふと目をやると、机の上の時計はもう出かけなければならない時刻を指していた。
このままだと遅刻しそうだ。伊福は慌てて顔を洗い、手早く着替えると、鞄を掴んで家を飛び出した。寝不足気味の頭にはまだときどき痛みが走る。
玄関の鍵を閉めて振り返ったところで、角を曲がってきた空車のタクシーがこちらに向かってくるのが目に入った。ちょうどいい。乗ってしまえ。伊福が大きく手を上げると黒塗りのタクシーがぴったり玄関前に止まり、スライドドアがするすると開いた。わずかなずれもない完璧な止まり方だった。伊福は手を上げた位置から一歩も動いていない。
後部座席に座って行き先を告げると、運転手は黙ったままこくりと頷いてメーターのボタンを押した。
伊福は携帯電話を取りだしてしばらくメールを確認していたが、タクシーが順調に走り出すと、地面から伝わってくる不規則な振動がしだいに眠気を誘い始めた。大きなあくびが出た。さっきに比べると頭痛もかなりましになったせいか、目蓋が自然に重くなっていく。この心地よい眠気には抗おうにも抗えない。ふいに伊福の手から携帯電話がすとんと床に落ちた。やがて首から力が抜け、薄青いガラス窓に頭をくっつけるようにして伊福は深い眠りについた。
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