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奴は修行が足りなかった

illustrated by スミタ2022 @good_god_gold

 ピタン。
 暗がりに水滴の音が固く響いた。あきらかに深い洞窟の響き方である。
 松明から放たれた仄かな明かりは、ゆらゆらと揺らめきながら、剥き出しになった壁と天井の岩肌の中に吸い込まれていく。
 さらに数歩ばかり奥へ進み、緩やかな角を曲がればもうほとんど光は届かない。
「ふうっ」
 大きな溜息が聞こえたものの、音を出した主の姿は闇の中に潜んで見えない。
「しかたがあるまい」
 別の方角からも声がした。いかにもリーダー格然としたその声は、小声であっても洞窟の中によく通った。
「奴は修行が足りなかったのだ」
「ですが」
 若い声が反論する。
「しかたがないのだ」
 強い口調に反論の声はそこで止まった。
「誰だ?」
「私です」
 壁際にギラリと目らしきものが光る。続いて砂を踏むようなザクという微かな足音が聞こえた。
「いずれにしても、奴は我ら四天王の中では最も脆弱であった」
 ザク、ザク。話しながら歩いているらしい。
「ええ、意志も弱く、力もありませんでした」
「私たち四天王の中に留まっていられたのが不思議なくらいです」
「ああ、そのとおりじゃ」
 一番奥から野太い嗄れ声が発せられた。
「所詮は、実力なき者が分相応の扱いを受けたまでのこと」
 闇に目が慣れてくると、松明の微かな明かりでさえ眩しく感じられるが、やがてどこに人がいるのか程度のことはぼんやりわかるようになる。
「だが、四天王が欠けたままでは具合が悪い」
「ふははははは」
 その傍らから、暗く歪んだ高笑いが発せられた。
「欠けたのなら、補充すればいいだけのこと」
「そのとおりだ、はっはっは」
「うむ、すぐに補充しようではないか」
「もちろんそれが一番ですよね、あはははは」
 釣られて若者も屈託なく笑う。ほかの者たちの笑い声にはどこか憂いが込められていたが、若者の声にはそんな気配など一切なかった。
「ちょっと待ってください」
 入り口付近から別の声がした。何かに戸惑っているようだった。
「なんだ」リーダー格の声が聞く。
「我々四天王のことなんですが、いったい何人いるんでしょう?」
「何を言っている。四人に決まっておろう」
「もっとも奴が欠けたから、今は三人だな」
 リーダーに続いて、最初に溜息をついた声が答える。
「あ、そうかも。三人なのに四天王か。ははは」
「ね。もう当たり前のことをいちいち聞かないでよ」
「そうじゃ、四人だから四天王なのじゃ」
 一頻り答えたあと、全員が一斉に口を閉じた。
 しん、と洞窟の中が静まり返る。
 ピタン。再び水滴の音が固く響いた。
「あのう、多くないですか?」
 ややあって戸惑い気味の声が聞く。
「なんだか、多い気がするんですよ」
 そう言われて誰もが闇の中でじっと目を凝らすが、あまりにも暗くてよくわからない。
「四人どころか七、八人ほどいるんじゃないかと」
「ダメなのか?」
 戸惑いの声をリーダー声が遮った。

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