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CRISPR - Cas 9 と CRISPR Therapeutics


1.CRISPR - Cas 9とは?

1.1 歴史的背景

CRISPR-Cas 9 はファージ感染に関する細菌の免疫システムを解明していく研究の際に見つかったものです。厳密に言えば、遺伝子配列の発見遺伝子組換えの技術確立の2段階に分かれています。1987年、当時大阪大学で宝酒造の社員として研究していた石野良純博士によって、遺伝子配列が発見されました。その後の2012年、米ジェニファー・ダウドナ氏仏エマニュエル・シャルパンティエ氏によって、免疫システムの発見をもとに、遺伝子組み換え技術が確立されました。それにより、彼女らは、2020年にノーベル化学賞を受賞しました。ブロード研のフェン・チャン氏リトアニアのビルギニユス・シクスニス博士もほとんど同時期に論文を公開しており、例えば、ブロード研とカリフォルニア大学間の特許や権利に関する問題は少なからずありますが、とりあえずノーベル賞は2人に贈られた模様です。

1.2 何ができる?

CRISPR-Cas 9遺伝子組み換えツールです。遺伝子配列を切断(Knock Out)と挿入(Knock In)を組み合わせることで、遺伝子情報を変えることができます。ZFNTALENCpf1 もCRISPR-Cas 9とは異なる特性を持ちえど、働きはほとんど同じと認識しても問題はないと思います。


2.CRISPR

2.1 CRISPRとは?

上記を読んでも、「そもそもCRISPRは何なのか?」という疑問が残ります。CRISPRとはClustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeatの略称です。直訳すると「集団化されており、規則的に間隔を置かれた、短い回文配列」となります。もっと翻訳すると、「常に一緒におり、同じ間隔で配置されている、どちらから読んでも同じ配列」となります。回文配列のどちらから読んでも同じというのは、例えば1本のDNA鎖があり、その遺伝子配列が、[CCATTCGACTTGTCGAATGC]とあるとします。TTはそのままに、両端のCCを折り曲げてくっつけてみると、TT、CC以外のコードが互いに向き合います。それらは互いにC-GかA-Tの組み合わせになります。これらを回文配列と呼びます。

2.2 どんな機能?

CRISPRの機能についてですが、CRISPRが含まれたRNAがウイルスや原核生物のファージやプラスミドのDNAを切断に関わる免疫システムだということがわかっています。つまるところ、CRISPRは外敵が持つDNAを「認識」すると同時に、「記憶」する配列となります。この「記憶」によって、再度同じ敵が来た時に、より効率よく「認識」することによって、それを対処可能になります。

2.3 gRNA (guide RNA)

gRNAは、標的にしている配列を特異的に認識して結合し、そこへCas 9を呼びます。gRNAはcrRNAとtracrRNAの2つから構成されています。しかし、現在ではcrRNAとtracrRNAが最初から一つにまとまった、sgRNAと呼ばれるものをgRNAとして採用しています。

3.Cas 9

3.1 Cas 9とは?

遺伝子技術では、ポリメラーゼ (生成)、ヌクリアーゼ (切断)、リガーゼ (接着)、ヘリカーゼ (分離)という4種類の酵素(タンパク質)をよく聞くと思います。Cas 9は、そのうちのヌクレアーゼの一つとして分類された、「切断」に特化した酵素です。

3.2 どんな機能?

Cas 9は、上記のCRISPRがファージなどの外敵のDNAを「認識」した後に、先ほどのgRNAによって外敵のDNAがある場所に連れて行かれます。あくまでもCas (CRISPR-associated)と呼ばれる酵素、例えば、Cas 3 (切断/分離)、Cas 12 (切断/分離)、Cas 13 (切断)などと、いくつかあるうちの、一つです。どれも機能はほぼ一緒ですが、メカニズムが違うなどの特異性があります。

3.3 PAM配列

上記で、CRISPRが外敵のDNA配列を「認識」することで、その後の「切断」につなげる、と説明しました。この場合の「認識」とは、つまるところ、「PAM配列 (Protosparcer Adjacent Motif)の認識」です。Cas 9が特定の配列を「切断」するのに、この配列が必要となります。上記とは別に、Cas 9酵素自体にもいろいろ種類があり、それらは生物種によって異なります。

よって、PAM配列もそれらの異なったCas 9酵素に対応できる (認識してもらえる) 配列である必要があります。あくまでもPAM配列は、ウイルスやプラスミドに存在する配列です。

3.4 ヌクレアーゼドメイン

先ほど、Cas 9は配列を「切断」する酵素と述べました。ヌクレアーゼドメインとは、まさにCas 9が所有する能力の一つです。2つのヌクレアーゼドメイン、HNHRuvCはそれぞれ領域展開(活性化)して、HNHは標的鎖またはgRNAが直接結合する相補鎖、RuvCは非標的鎖または非相補鎖、をそれぞれ「切断」します。下記の図を見ながらだと、わかりやすいかもしれません。例えば、”仮に”切断したいDNA配列 (黄色)が「ATGGCTTA」だったとします。この時、HNHはこの「ATGGCTTA」を切断します。一方で、RuvCは、非相補鎖 (「RuvCドメイン」と書かれた水色の領域にある、黒い部分)である「TACCGAATを切断します。ちなみに「A (アデニン)」が「U (ウラシル)」の場合も同様です。補足ですが、上記に「gRNAが直接結合する相補鎖」とあります。この時、gRNAが持つ配列 (sgRNAと書かれた水色の配列)は「TACCGAAT」となります。つまり、これはRuvCが切断した非相補鎖と同じ配列です。よって「gRNAの配列 = 非相補鎖」とも取れるわけです。

引用:crisp-bio (https://crisp-bio.blog.jp/archives/24672712.html)


4.CRISPR - Cas 9 と 遺伝子組み換え

4.1 HDRを用いて遺伝子を組み込む (ノックイン)

CRISPR-Cas 9が遺伝子組み換えツールと言われる所以、つまり組み換えることができる理由の一つは、簡単に言うと、”DNA配列がちぎれた際、そのちぎれた部分に、組み入れたいDNAを無理やり入れて、それを再度つなぎ合わせることができるから”です。* HDR: Homology Directed Repair (相同組換え)

4.2 DSB修復機構

上記に"DNA配列がちぎれた際"とありますが、これはDSB (Double Strand Break)[ちぎれて2つになったDNA配列]の事を指します。また、”それを再度つなぎ合わせることができるから”とあります。これは、修復機構のことを言っています。細胞にはDNA配列が壊れたり、ちぎれたりすると、それを修復するという機能が存在します。これらをDSB修復機構と言います。

4.3 ドナーテンプレート

上記の理解により、いよいよ遺伝子を組み換えます。ドナーテンプレートとは、「組み入れたい遺伝子」です。これを上記のDSBの発生の際、つまりDNAがちぎれた部分に組み込みます。すると、細胞はその組み込んだDNAの両端と、ちぎれたDNAの両端を互いにくっつけます。ちなみにこの際、組み込むために、DSBを、Cas 9の持つヌクレアーゼを使って、無理やり作り出すことになります。これら上記の工程を「ノックイン」と呼びます。

4.4 NHEJによる遺伝子組み換え (ノックアウト)

上記の遺伝子組み換え、ノックインとは反対に、既にコードされているDNA配列を「引き抜く」か「ズラす」、または「ストップコドン挿入する」ことで、"たんぱく質の機能を失わせることができます"。これをノックアウトと言います。より具体的に言うと、「本来あるべき姿の遺伝子配列に変化がおき、それによってたんぱく質の機能を”完全に”消した」という結果になった場合に、ノックアウトが完了したことになります。*ノックアウトの定義に例外はありますが、現時点では曖昧な部分が多いです。

例1:アミノ酸の欠失

…..ATT GAT GGA TAA…..(GGAが欠失)

…..ATT GAT TAA……(他のコドンは無事)

例2:フレームシフト

…..ATT GAT GGA TAA…..(GAが欠失)

…..ATT GAT GTA A…..(GAが消され、TAが繰り上げされる)

例3:早期ストップコドン

…..ATT GAT GGA TAA…..(UGA挿入)

…..ATT UGA GAT GGA TAA…..(残りのコドンが翻訳されない)

今のところは、これらのDNA配列の変化によって、もしたんぱく質の機能が完全に失われた場合に、ノックアウトとみなして良いと思います。

* HDRNHEJは「細胞が遺伝子を修復しようとするメカニズム(工程)のこと」です。なので、ノックインとノックアウトは別の工程で完了する、と理解してもらえば問題ないと思います。

5. CRISPR - Cas 9 の今後

5.1 オフターゲット作用の低減とその論点

現状のCRISPR - Cas 9の問題点として、「オフターゲット作用」があります。これは、遺伝子を組み換える際に、"Cas 9がgRNAが指定した配列とは異なる配列を切断してしまうこと"を指します。これらは、Cas 9のヌクレアーゼドメインを不活性化することによって、DNAの片側の鎖だけを切断します。どういうことかと言うと、3.4で説明した、Cas 9の持つ2種類のヌクレアーゼドメインですが、「HNHドメインが切断するDNA配列(相補鎖)」が、"本来除去したい配列"であり、「RuvCドメインが切断するDNA配列(非相補鎖)」は、"除去したい配列ではありません"。にもかかわらず、Cas 9は性質上、一本鎖のDNA「だけ」を切断するというわけにはいかないのです。ここで、CRISPRニッケース (Cas 9 - D10A)という、野生型のCas 9を用います。これは、RuvCドメインを不活性化することで、本来除去したい配列、つまり相補鎖のみ」をHNHドメインで切断できます。これにより、非相補鎖を切断することによっておこる、オフターゲット作用を防げます。しかし、それは同時に、特定の一本鎖だけが切断されて、片側だけが残ることによって、"空洞を作り出してしまいます"。これは、「そのDNA配列の修復遅れ」による、DNA損傷応答を引き起こし、細胞自体の存続に影響を及ぼしかねません。

5.2 CRISPR Therapeutics <CRSP>

上記でも述べました、エマニュエル・シャルパンティエ氏は2013年に、スイスで会社を立ち上げました。優秀な人材確保への柔軟性や法人税率の低さなども考慮すれば、研究開発に特化した国とも言えそうです。2021年のUS$200までの上昇は、 Vertex Pharmaceuticals <VRTX>の新薬の開発に成功したことが理由のひとつでしょう。一方その後の株価下落は、投資家の株式売却、同社にとってやや不利なVertexとの契約内容、および研究費増加に対する損失拡大によるものとも、考えられます。2024年5月現在、株価はUS$50前後となっております。

6.最後に

6.1 人類史上最大の過渡期

人類はこれまでにいくつもの発明をすることで、多くの困難を乗り越えたり、文明を発展させてきました。遺伝子組み換え技術は、理解すればするほど、人類存続に大きく関わっていることを知ることができるでしょう。この技術の可能性を楽観的に見る方は少ないと思いますし、そうであってほしいとも思います。しかし、本当に大切なのは、それと同時に人類の可能性を理解することです。皆さんも「危険」という言葉を見かけたら、ただその通り受け入れるのではなく、「何を持ってして」危険かを理解することに力を入れてください。皆さんが、後悔のない投資をできることを、願っております。ここまで読んでいただきありがとうございます。

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