「彼女と交わす取引と、そして普通を望む化物の学校生活」第21話

「ったく、当たったんだから死んどきなさいよ」
 鈴谷が走り出したのを確認し、思わず自分の口から悪態が漏れてしまう。
 あの再生速度からかなりの体力だろうと想定はしていたが。
「頭と身体吹き飛ばしてもまだ動けるとか一体どうなってるのよ!!」
 正直まともな個体ではない。そもそも一体どのようにしてフリークスになったのか。
 駆け寄って来る鈴谷は人間はおろか、フリークス離れした速度を出していた。
 瑞香の拘束も無いこの状況でライフルで狙い撃つのは無理だろう。
 だから機関銃や小銃を用意しろと何度も上に掛け合ってきたのだが、結局は認可されなかった。
 鈴谷が校舎にたどり着き、自転車小屋の屋根に飛び乗る。
 支給されたのはシングルアクションのハンドガンであるニューナンブ、そして単発式ボルトアクションライフルのウィンチェスターだった。正直じゃあお前らがやってみろと何度思った事か。
 鈴谷の後ろから駆け寄って来ていた瑞香を手で制止する。
 そして屋上の柵をゆうに飛び越える高さまで跳躍した鈴谷が姿を現した。
「殺す!!」
 興奮した鈴谷はだいぶやかましかった。昨日の慇懃無礼な態度が懐かしい。いやあれもイラつくが。
 しかしそれはそれとして、鈴谷の言う通りにはもうならない。すべてが手遅れである。
 左腕のみで軽く支えていたライフルを手放す。
 そしてもう既に右腕はホルスターに添えられて撃鉄を上げているのだから。
「――ふっ」
 小さく口をすぼめて息を噴き出す。
 そして銃弾を放った。
 銃声は1発。
「……は?」
 そして顔を傾けた鈴谷の右肩と左足が吹き飛ばされる。
 ほぼ同時に3発発射された弾丸の内、2発が相手に命中していた。
 というかこいつこの状況で顔面に発射された弾丸を回避できるのか。
 驚嘆に値する反応速度である。しかし目的は達成された。
 銃弾による運動エネルギーで鈴谷の身体が押し返される。
 彼女の身体は屋上のへりに届くことなく地面に落下して行った。
 最後に驚愕と憎しみに満ちた表情を鈴谷から向けられていたが、知った事では無い。殺そうとしてきたのはそっちなのだから。
「ふぅ」
 大きく息を吸い、ニューナンブを振って銃身にこもった熱を払う。
 わざわざ支給されたニューナンブをシングルアクションで使用している理由がこれだった。
 数発同時発射の早打ち、身体能力で勝るフリークスを殺すために私が磨き上げた技術の一つ。
 身体の数か所を吹き飛ばすことで一気に血液を消費させることができるのだが。
 柵の隙間から地面の眺めると血こそ見えるものの、鈴谷の姿が見えない。
 どうやらあれでもまだ動けたようだ。本当に化け物かあいつは。
「先生!?」
 気味が悪いほどの再生能力に頭を痛めていると瑞香が屋上に降り立ってきた。
 軽い足取りで着地をこなすと私の目の前までやって来る。
 その顔を見た途端、私は反射的に瑞香の左腕を取った。
「んん? え、先生?」
 困惑する瑞香を放っておいて私は彼女の白い上腕を確認する。
 そこには新雪のように傷ひとつない皮膚が存在していた。
「……良かった」
「あぁ。別に気にしないで、というか私ごと撃って良いって言ってたでしょ?」
「そんな簡単に割り切れるわけないでしょ……」
 顔見知りを銃弾で打ち抜けとかどんな指示だ。ただでさえ夢見が悪いのに勘弁して欲しい。
「というかそれより先生、あいつ校舎の中に逃げ込んだよ!! どうにかしないと教頭先生が!?」
「あぁ、そっちは大丈夫。何とかするから貴方はこの住所に行ってみて?」
 私は今朝届いたばかりの情報を瑞香に差し出す。
 中には鈴谷の個人情報、住んでいるマンションの住所が書かれている。
「ちゃんと取れたんでしょ?」
 私からの確認に、瑞香はキーケースをポケットから取り出した。
「うん。頭を吹き飛ばされた時に取ったから気付かなかったんじゃないかな?」
「上出来」
 これで相手の退路はたったも同然だった。
「人質が居なければ貴方なら負けないでしょ。マンションで見張ってて」
「先生は?」
「教頭先生の安全を確保しつつ、あの医者をとっちめる」
「とっちめるって……」
 瑞香は私の言葉に心配そうな視線を向けてくる。
 私は思わずその頭を優しくなでた。
「大丈夫よ。それとも、あの女は貴方より強いの?」
「……いや、そんな事は無いよ」
「なら大丈夫ね」
 私は床に放っていたライフルを拾って担ぎ上げる。
 これで準備は万端だった。薬莢はまた後でどうにかすればいい。
「そっちは任せたわよ、千里さん」
「……先生?」
 あまりに私の様子がおかしかったからだろうか、瑞香は怪訝そうな表情をする。
「先生、怒ってないの?」
 そして瑞香はバツの悪そうな顔で私を見上げてきた。
「まぁ、色々と言いたいことはあるわ」
「……うん。だよね」
「まずは一つ目、千里さんの事をお願い」
「うん、……うん?」
 瑞香は一度殊勝な態度で返事をしたがすぐに私の言葉がおかしい事に気付く。
「教頭先生からよ」
「……あ」
「自分よりあなたの事をだって」
「先生……」
 そして瑞香と話をしていると校舎内から爆発音が鳴り響いてくる。
「これって!?」
「あぁ、かかったわね」
 瑞香は顔を険しくして驚いていたが、私には何が起きたのかすぐに理解できた。
「さて、じゃあ間抜けな女医が罠にかかったみたいだし。私は行ってくるわ」
「わ、罠?」
 瑞香は今だ状況をよく理解できていなかったようだ。
 だからきちんと言葉にすることにする。
「こっちは任せなさい、瑞香。だから貴方には向こうの事をお願い」
 瑞香はそのまま驚いた様子で私の顔を見つめてくる。
 私は自分の顔が赤くならないうちに、校舎内への扉へ歩き出した。
 ドアノブに手を掛けた瞬間、背後から声がかけられる。
「うん、うん!! 先生!! こっちは任せて!!」
「えぇ」
 私は後ろ手に手を振り、校舎の中に入っていく。
 扉が閉まったのを確認すると、リボルバーの弾丸を確認する。
 使用したのは3発、残ったのは2発。油断は無いようにきちんと使用済みの薬莢を交換した。
「……さて」
 きちんと罠にかかったらしい女医に向けて歩みを進めて行く。

 1階に降りると保健室の前の廊下でもがき苦しんでいる鈴谷がいた。
 両眼を抑えながらのたうちまわっている。
「あぁあぁああ!! 何だってのよ!?」
「聞こえてるか分からないけどね、もう教頭先生は確保して別の部屋に移動させてあるわ。貴方が起動したのがフラシュバン、簡単なブービートラップだったんだけど。結構効くものね」
 それは先に教頭を確保した時に仕掛けておいたものだ。何かあれば再び人質にするため戻ってくると思っていたが。ここまで綺麗に作動するとは思っていなかった。
 鈴谷からの返事は無い。目が見えず音も聞こえず、周囲の状況を把握できていない。
 しいて述べるならやたらめったらに体を動かしているため、少し危ないことだろうか。
 このまま死ぬまで弾丸を打ち抜いても良かったのだが。
 私は拳銃を下ろして相手に聴力の回復を待つ事にする。
 数分も経過すると鈴谷の目が私がとらえた。いまだ完全に開ききっていないため、ぼんやりとしか見えていないのだろう。目線は合うが焦点が定まっていない。
「聞こえてる?」
「貴方、いったい……」
「色々と話を聞かせて欲しいんだけど」
「何なのよ、専用弾とか、狩人とか……」
「ねぇ、聞こえてる?」
「意味が分からない……、千里瑞香も貴方も……」
 私はそのまま鈴谷の右足に一発弾丸を打ち込んだ。
「あぁあぁああ!?」
 右足が吹き飛んだ鈴谷はたまらず悲鳴を上げる。
「聞こえてる?」
「何なのよ!?」
「一応聞こえてそうね」
 鈴谷からの反応はきちんと返ってきた。そして初めと比べて足の再生が遅くなっている。これでしばらくの間逃げる事はできないだろう。
 私は決して近づかないようにして彼女へと声をかけ続ける。
「貴方、一体どうやってフリークスを増やしてたの?」
「……っ!! 千里瑞香の血を取り込んだのよ!!」
「瑞香の?」
 その言葉である程度の事情を理解できた。
 つまりこいつは去年の検診で瑞香の血液を手に入れたのだろう。それでフリークスを増やしていた。
 そして朝の瑞香からの連絡、昨日彼女を捕らえ血を手に入れたらしい。それを自分に注射をしてフリークス化した。
 つまりはこいつはたまたま瑞香の血液の希少性を知って実験を行っていたという結論で問題ないはずだ。
 よくもまぁ、とある意味感心する。
 採血の結果だけで瑞香の異常性に気付いたのは驚嘆に値する。
「あ、あの女は言ってたわ。自分は他のフリークスとは違うって。母子感染で罹ったから、人間の血を吸う必要も無いんだって……」
「……何ですって?」
 けれど、その情報が耳に入ってきた途端に私の思考が切り替わった。
 相手の言葉を聞き逃さないように神経を研ぎ澄ませる。
「食事も、睡眠も必要ないんだって!! そ、それにアイツの血を注射するだけでこんな力が手に入るのよ!! あいつの方が化物じゃない!?」
「……ねぇ、その事、他の誰かに言った?」
「はぁ!? 言う訳無いじゃない!? あの女を研究できれば私は」
 私の右手はもう既に銃弾を放っていた。鈴谷は体を逸らすが左肩口に弾丸は命中する。再び、左手がはじけ飛んだ。
「――っあぁあぁあ!?」
 こいつを生かしておいたら駄目だ。この女の情報全てが瑞香の危機に繋がってしまう。
 鈴谷は再生を初めていた足で私に背を向けて走りだす。
 その速さは人間など及びもつかない。すぐに私の視線から逃げ切れるだろう。
 そんな時間があれば、の話だったが。
 続けて放ったもう一発の弾丸が鈴谷の腰を打ち抜いた。
 足をもつらせた彼女は廊下に転げる。
 まだ人間の感覚が抜けていない事が幸いした。壁を突き破るなり、私に突進するなりできればまだ勝機があった物を。
 わざわざ銃弾相手に直線で逃げるのは無理がある。
「――っ、この!!」
 しかし、だいぶ痛みにも慣れて来たのか鈴谷は振り向いて戦う意思を見せてきた。
 もう既に何もかも遅い。
 私はもう近くの部屋の中へ避難している。
 そして相手の目の前には、円柱状の物体が飛んできているはずだ。
 私は両耳を手で塞いで目を閉じて屈みこむ。
 次の瞬間には手のひらを貫通する振動が鼓膜へと届いた。
 腕という緩衝材を使用してもなお耳に届く爆音、それを目の前で無抵抗に受けた相手はどうなるのか。
 窓から廊下を覗き込むと、再びもがき苦しんでいる鈴谷がいた。
「――っ!??!??」
 もう既に声すら上げる事無く転げまわっている。
 その姿に昨日のような余裕は見られない。
 そして情報収集もすんだ後の流れは決まっている。
 鈴谷の動きが止まる瞬間を狙って彼女の頭を再び打ち抜いた。
「さて……」
 残りの弾丸を頭の中で思い出す。リボルバーとライフル、保健室に戻れば呼びの銃も残っている。
「これで殺しきれると良いのだけれど」
 死なないのなら死ぬまで弾丸を打ち続けるだけだ、と私は覚悟も決めて賭けにでる。
 鈴谷の再生力と私の物資のどちらが耐えきるのか。
「さ、根競べと行きましょう」
 さらに相手の心臓に一発。鈴谷の身体に穴が開き動きを止める。これでシリンダー内に残弾は0。
 薬莢を排出して次の弾丸を装填していく。
 装弾を終えてニューナンブを再度構え、鈴谷に狙いを定める。
 もう彼女は逃げる事さえできないし、逃がすつもりも無かった。


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