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アジアビジネス入門61「虫たちが教えるアニミズムとポスト資本主義」@日本型グローバルを考える(3)

■虫の存在が普通に思える<緑の癒し空間>

 札幌市南区真駒内郊外の山の傾斜地を<緑の癒し空間>にするべく、園芸療法士の石山よしのさんが造成した「わたしの庭 レラ・チュプキ」は夏の到来で多くの虫たちが飛び交っていた。最初は虫たちに過剰に反応しているが、心地よい風がそよぐ緑と光の空間に身を置いていると、そのうちどうでもよくなり、自然の中に虫がいるのは普通のことのように思えてくる。

 経済人類学者のジェイソン・ヒッケル氏はアフリカ南部の小国エスワティニ(旧スワジランド)で育った。著書「資本主義の次に来る世界」(東洋経済)によると、ヒッケル氏は幼少期に「地球上の昆虫の総重量は、人間を含めた他の動物の総重量よりも重いのだよと父から教わったことを覚えている。しかし、近年、調査のためにアフリカ南部に戻った時、あちこちで虫を数匹、見かけたが、以前とは大違いで虫が激減していることに気がつく

■昆虫の激減で「人類への警告」

 2020年に科学者たちは昆虫の運命について「人類への警告」を発表した。報告書は「自然は危機に瀕している」との言葉で始まる。昆虫は植物の受粉や繁殖に欠かせないだけではなく、有機廃棄物を分解して土に変えている。他の数千種の生物の食料にもなっている。

 ヒッケル氏は「昆虫がいなくなったらすべて崩壊する」と生態系サービスの衰退を指摘し、1970年以来、鳥類、哺乳類、爬虫類、両生類の数は半分以下になり、100万種ほどが数十年以内に絶滅する危険性があると警鐘をならす。

■希望のキーワードは精霊信仰(アニミズム)

 しかし、ヒッケル氏は著書で語りたいのは「破滅ではなく、希望である」と説く。

 希望のキーワードは、広義の<精霊信仰(アニミズム)>だ。長い年月、人間は他の生物界との間に根本的な隔たりを感じていなかった。川、森、動物、植物、さらに地球そのものと相互依存の関係にあると考えてきた。

 その考えは「わたしの庭 レラ・チュプキ」で石山さんが目指す<緑の癒し空間>と一致する。アイヌ語で命名された「レラ・チュプキ」は、「レラ」が風、「チュプキ」が木漏れ日のような自然の光を意味する。アイヌの世界観では、火や水や大地、樹木や動物や自然現象などすべてにカムイ(神)が宿ると敬い、人間も自然の一部である、としている。<緑の癒し空間>とは音楽などを通して人間と自然が共生する場なのだ。

 山川草木に命が宿るという<精霊信仰(アニミズム)>は日本の精神文化の基層にもなっている。一神教の世界では考えられないような、万物共生、万物一体の考えが日本の文化、歴史、伝統に脈々と流れている。

デカルト二元論が「人間が自然を支配」

 ところが、ヒッケル氏は、「我思う、ゆえに我あり」で有名な合理主義哲学の祖であり、近世哲学の父として知られるデカルト(1596-1650)が、それまでのアニミズムの考えを完全に打ち壊し、「人間は『自然』とは切り離された優れた存在で、精神と心と主体性を備えているが、自然は不活発で機械的な存在である」との二元論の世界観を打ち立てた、と言及する。

 著書によると、16世紀に資本主義に進む道を切り開こうとした人々は、(デカルトの)二元論者になるように市井の人々を説得したり強制しなければならなかった。彼らは人間には自然を支配し利用する当然の権利があると説いた。二元論哲学は成長のために自然や生命を犠牲にすることに利用され、資本主義拡大の基本的ロジックになった。

■生態系崩壊で二元論から再びアニミズムへ

 しかし、生態系崩壊の時代にあっては、資本主義を理性によって精査することが必要になった。ポスト資本主義経済への旅は、この最も基本的な民主主義的な行動から始まる。それはアニミズムから二元論への変遷を、再びアニミズムへ戻すことなのだ。

 ヒッケル氏は、ポスト資本主義に必要なこととして<脱成長=資源・エネルギーの消費を減らすこと>を掲げ、大量消費を止める5つのブレーキとして(1)計画的陳腐化を終わらせる(2)広告を減らす(3)所有権から使用権へ移行する(4)食品廃棄を終わらせる(5)生態系を破壊する産業を縮小する――を挙げている。

 ポスト資本主義におけるアニミズムの経済とは、人間どうしの、そして他の生物界との支配と搾取の関係ではなく、互恵と思いやりに満ちたものなのだ。

 こうした視点で考える日本型グローバルとは、山川草木に命が宿るという<精霊信仰(アニミズム)>の原点に立ち返り、脱炭素やカーボンニュートラルに向かう中で、生態系全体を見据えた環境問題を経済の観点でとらえて新しい時代に入ることではないか。


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