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育休中に学んだこと①「時間は大切」

備忘録として、書いておこうと思う。

昨年の1月末から今年の3月末まで、1年2か月ほどの育休を過ごした。
(育休に入る前は産休、さらには産休に入る前に、有休消化させてもらったので、それも含めると実際には「妊娠・出産にともなう休業期間」としては2年5か月ほどになる)


そんなに長い期間、会社のことを一切忘れて過ごしたのは初めてだった。

私としては「浦島太郎」状態で、上司(異動先の新しい上司)との復職面談に臨んだのだが、上司の反応は「2年も経ったと思えない。つい昨日まで連絡とってたみたいな気がする。ぜんぜん変わってないねー」だった。

1日1日のスピードや重みが違うのだろうか。

振り返ると、私自身は子どももいなくて、働いて夫婦2人で暮らしていた頃は「時間の無駄遣い」をしていたような気がする。

休日に疲れていたら、とくに出かけることもなくゴロゴロしていたし、TVをつけっぱなしにして見るともなく見ていたり。

もちろん、「休息をスケジュールに入れている」という目的があるなら、それはすごく大切なことなのでアリだと思う。

「無駄遣い」なのは、自分の意識として「今日はゆっくりする日」と決めたわけでもないのに、ダラダラ過ごしてしまうこと。
そしてそんな自分に後悔して、自己嫌悪に陥ってしまうこと。

仕事をしている時も、予定外のことに追われて1日が過ぎ、「今日は忙しかった・・・でも何が出来たんだろう」と思う日もゼロではなかった。

出産前は、1日24時間を自分らしく、うまく使えていなかったような気がするのだ。


もちろん、子どもがいなくて1人で生活している人でも、時間を有効活用している人はたくさんいると思う。

あくまでも「私の場合」の話である。


娘が生まれて、子どもの成長が1分1秒も見逃せないものだとは知らなかったし、自分が自由に動ける時間が文字通り「ほぼない」ことも、経験するまでわからなかった。


時間って有限なんだ。


自分の時間が限られたものだと自覚して初めて、「相手の時間も有限で尊い」と気づいた。



友人でも好きな人でも「誰かに会う」予定を立てたり、約束するのはとても楽しいし、ワクワクする。楽しい予定があるから、その日まで頑張れる。

だけど、その人と過ごす時間は、その相手の時間を奪うことにもなる。

「私に会ってくれる」ということは、相手は「私に時間を使ってくれてる」ということなのだ。
感謝しかない。


育休中にそうしたことに気づき、「時間を余すことなく有効に使うって、時間を大切にしてるってことだし、それは1日1日を大切に生きているってことだ」と齢40を過ぎてようやく知った。



そんな私だが、前述の上司の「つい昨日まで連絡をとっていた気がする」発言は、実はとっても嬉しかった。

2年以上も会っていなかった私を忘れていなかったということだし、私のイメージも産前から変わっていないということなのだ。

それは「成長してない」ということではない、と思っている。

面談前、上司自身も私に対して「2年も会社から離れてて、大丈夫かな」と少なからず不安や心配があったはず。
それが「産前のイメージと変わらない私」を見て、多少なりとも「なんとかイケるのでは」と期待感を持ってくれたのでは。


見た目には変わっていなさそうでも、私の「時間に対する意識」はアップしてる。はずである。

私的に「時間を大切に使う」コツは、ざっくりとでも計画を立てておくこと。

ちなみに、4月第1週目は「新生活に慣れよう」週間なので、「休息もスケジュールに入れる」と意識するようにしている。(意外と難しい。つい、何かしようとしてしまう)

そして、第2週目は「新生活のベース作り」編として、まずは倉庫と化しているカオスな一室の整理整頓である。

第3週目からは、いよいよ復職し、実労働がスタートするので、ここで「3か月後にはどうなっていたいか」の計画を立てようと思っている。


もちろん、立てた計画を1か月ごとに振り返って、翌月に活かすことも忘れず。

この計画が「成功したか否か」を判定する基準は、「何のためにこうした計画を立てるのか」の目的が肝。

私の場合は「娘が毎日笑顔で過ごせるように」である。
もちろん私も、私らしく過ごせるように。

そう、そのために時間は大切なのである。

うまく使って、幸せに過ごしたい。




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