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「やりたい期」の娘を尊重したい
娘が「自己主張期」に入ろうとしているかもしれない。
1歳5か月を超え、いよいよ自我が強まり、自己主張をし始めているのである。
もともと、興味を示すものはなんでも触りたがったり、目に映るありとあらゆるものへの好奇心に満ち溢れている様子はあった。
それが、だんだん色濃くなり、「自分でやってみたい感」が強くなっている。
たとえば、「靴下を自分で履きたい」
自分の洋服をしまっている引き出しをグッと開け(いつのまにか開けられるようになっていた)中から靴下を取り出したかと思うと、ひとまず座り込み、自分の足元にそーっと靴下を持ってきて、履くような仕草。
靴下だけじゃなくて、スタイも自分で首元に持ってきて、着ける真似をしたりする。
まだ、首の後ろのスナップは留められないけど、「どうやって着けるか」という仕組みはわかってる様子。
スタイを着ける真似をするときはとっても楽しそうなのだが、食事のときに長袖のエプロンと一緒にスタイもつけているので、「スタイ=ごはんやおやつを食べる」と刷り込まれているからかもしれない。
新しい服を買ったときは、家で「これ、かわいいねー」と見せたりすると、嬉しそうに自分の胸にあててみて、そのままアゴをひいて服をおさえて、「着てるフリ」をしたりする。
靴も自分で履いてみたいらしい。
朝、保育園に行くために玄関で靴を履かせようとすると、ガッと靴を手でつかんで触りたがるし、逆に履かせた後は、マジックテープが気になるようで自分ではがそうとしたりする。
キッチンは、娘にとっては「面白いものがたくさんある場所」のようで。
大人が使うカトラリーを手にしてみたいし、壁にかけているフライ返しや泡だて器を自分でフックから外して、また自分でかけてみたいし。
トースターやレンジの扉を開けたり、スタートボタンも押してみたいし。
とにかく「やってみたい」が爆発してる。
昨日は、朝ごはんを食べるときに珍しくグズグズ泣いて、何をしても気に入らず。
泣きながら、お皿の中のいちごとかヨーグルトを指さすので、それを食べたいんだと思ってスプーンですくっているのに、「違う違う!」とばかりに首を振り、さらにギャンギャン泣く。
もういいかげん、切り上げて保育園に連れて行こうかな・・・と私がため息をつきそうになったところで、娘は泣き疲れたのか「スン」と鼻をすすり、自分でようやくスプーンを持ってヨーグルトをひとすくい。
それをペロッと口に入れたと思ったら、
ニカーッと笑った!
なんだ・・・
自分で食べたかったの?
それから、娘はせっせとスプーンでいちごやヨーグルトやカボチャをすくって食べ、途中でコップを持って水を飲んだり、トーストをかじったりしながら、朝ごはんを完食した。
自分の意志は、どんどん伝えてくる。
自分のお皿を指さして「ここ!」と言うときは、「おかわりが欲しい」
コップを指さして「ここ!」と言うときは、「お水いれてほしい」
これくらいなら私にも通じるのだけど、オリジナルワードを使うことがほとんどなので、なかなか娘の言いたいことがわからないことも多い。(そして、伝わらないと泣く)
それなのに、娘は私の言うことを理解しているらしい。
「(もうストックがなくなったから)いちご、ないないだよー」と言うと、ひっくり返ってワーワー泣く。
空っぽのタッパーを見せて「ほら」と示すと、「もう無い」ことがわかるようで、食べられないと確信してさらに泣く。
もちろん、泣くばかりじゃない。
一緒にお風呂に入っていて、「ママ、髪洗うから(湯舟を)出るねー」と声をかけると「こっこ!」とシャワーを指さす。
「そうそう、隣で洗ってるからねー」と言うと、わかったような顔をしている。
このやり取りは毎回同じなのだが、娘的には、「ここにいるんだよね」というつもりで「こっこ!」と言っているような気がする。
動物の名前(ワンワン、にゃあにゃあ)とか色の名前(娘は「あか」が言えるようになった)、食べ物の名前(娘は、バナナは「ババ」、パンは「パンパン」と言う)は、こちらから教えたことはあるけど、ふだんのコミュニケーションに関して、私は「教えている」という意識はない。
朝起きたら「おはよう」と娘に声をかけたり、「可愛いねぇ」と言ったり。
一人でスプーンでごはんを食べられたら「上手ねぇ」と言ったり。
保育園に迎えに行ったら、「今日もごはんおかわりしたー?」と聞いたり。(娘は保育園では「よく食べる子」認定されている)
ただ、普通に話しかけているだけである。
娘が自己主張をしようとするということは、娘自身が「伝えたいことがある」ということで、「自分の意志を自覚している」ということでもある。
それはすごく尊い。
昔、夫が「子どもはほっといても育つ」と言ったことがあって、当時は「それはあまりにも無責任だ」と感じたけど、今となっては「それもある意味、本質かもしれない」と思う。
自己主張期を「イヤイヤ期」として、「イヤしか言わない面倒な時期」と決めつけるのは、もったいないのかもしれない。
たぶん、もっと本格的に娘が「イヤ!」と主張するようになったら、私もいつもそんな大らかな気持ちではいられないと思う。
私も、イライラしたり泣いたり落ち込んだりすることもある。
ただ、そのネガティブな感情は、そのまま娘にぶつけたりしないように努力はしたい。
子どもが自分で成長しようとする力を親が押さえつけてはいけないのだ。
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