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「地味な顔」と言われて

「地味な顔」と言われた事がこびりついて 鏡を見るたびに頭の中で反響する。その人は年上の男性で、いや、男性とか女性とか関係ないんだけど、人の容姿に対して感想を勝手に言う事が私には分からなくて。求めてもないのに。地味な顔だって事、美人じゃないって事、20年以上生きている私は毎日この顔で生きているんだから分かっている。

何故、誰かに私の容姿を判断されないといけないんだろう。

別の人に「今の髪型のほうがいいよ」とも言われた事があった。「あなたに見せるための髪型じゃない」と言いたかった。でも空気を壊すから言えなかった。今思えば空気なんか壊してでも意見を述べたらよかった。自分が苦しくなるから。自分に失礼だから。

「彼氏はいるんですか?」「結婚でこちらにこられたんですか?」

初対面で恋愛、結婚の話、恋愛観について話をする人とも結構出会ったけど 私は失礼だと思う。私は聞かれると凄く自分の内側に入られたような気がして警戒してしまう。

「女なら一度は子供を産んだほうがいいよ」

これも最近言われた言葉だ。ショックだった。尊敬している人から言われて一気に尊敬から疑いの気持ちになった。

私は誰かの求める私にならなければならないのか?「こうあるべき」というシールを張り付けられて私は誰かの、世の中のものにならなければならないのか?

苦しい、生きにくい。激しい怒りにおそわれる事もある。

「地味な顔」と言った人は、私の友人を「あの人は美人だよね」と褒めたたえていた。「あの人は」美人で「私は」地味なんですね。ただでさえ嫌いな顔をさらに嫌いになりそうだった。

だけど そんな人の言葉で傷ついてる時間は無駄だし その人から言われたから友人みたいに美人になりたいと願うのも気持ちが悪い。

私が思う美しいをちゃんと私の中から生まれるものとして受け止めていたい。メイクとか洋服とかそういうものだけではなくて、たたずまいとか言葉遣いとか知識とか、そういうものも詰め込んで私の思う「美しい」でいたい。

私は私だと、それだけの単純な事なのにいまだに私は私になれないし、過去に言われた色々な言葉に自我が揺らいで、誰かと比べて死にたくなる。

こんな事を思っている自分が嫌で嫌でしょうがない。

平気で傷つけてくる人がたくさんいる中で、やさしい出来事もある。そういうものに目を向けて感謝して、半ば強がりかもしれないけれど、ボロボロの足で立っている。

「地味な顔」でもいい。それはあなたが決めた事だから。

私は私を好きになりたい。