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ベストオブ夏の思い出

父の父、私にとっては祖父が生まれた家が、千葉の九十九里にある。
誰も住んでいない無人の家。
小さいけれど門があり、広い庭の端には使われていない井戸。
土間や縁側や雨戸。

小学校低学年のころ、夏休みの約3週間を家族で過ごした家。

我が家は車を持っていなくて(父も母も免許がなく)
当時飼っていた犬(ビーグル犬。名前はポチ)も一緒に連れていくため、
個人タクシーをお願いして向かった。

私も弟も母もポチも車酔いした状態で(父以外の全員オエオエ)到着すると、お向かいに住むお家の方々が家の中をすっかりきれいに掃除してくれていて、今晩寝る布団も庭に干しておいてくれたのを憶えている。
よく来たね、麦茶飲んでね、スイカも冷やしてあるからねと。

この家にはテレビも電話もエアコンもなく、トイレはぼっとん。

緊急の連絡にはお向かいの家の電話を使っていいと言われ、仕事のために東京に戻る必要がある父は三週間の間に行ったり来たりをしていた。

当時、近所には何もなく、店といえば、歩いて30分くらいのところにある魚屋さん、肉屋さん、スーパーと乾物屋さんを半々で営んでいるお店だけ。
車がないので(あっても使えない)数日分を買いだめしていたのだと思う。母がどうやっていたのか、私には記憶がない。
お向かいの家の自転車をお借りして(なんでも貸してくださる。ご厚意に甘えっぱなし)母が買い出しに行っていたのだと思う。

庭にはきゅうりやナスやトウモロコシが植えられ、暮らし始めてから小松菜を植えたらそれもよく育った。
弟が「肥料をやる」と言って庭で用を足していたのが、よかったのかわるかったのか。

◇◇◇◇◇◇

東京から来た私と弟には、全てが初めてで面食らうことが多かった。

ぼっとんトイレ。
恐怖でしかなかったが、日を重ねるごとに慣れていく。
私が想像したのは『不思議の国のアリス』で、アリスが落ちていく穴。
ここにだけは落ちたくないと願い、震えながら用を足していた。

虫。
寝るときは蚊帳を吊っていた。今では考えられないが、あまりに暑い夜は開けっ放しにして寝ていたような気がする。
朝起きて、蚊帳の上やまわりにはおびただしい数の虫、それも大小、種類もさまざまで、最初の頃は鳥肌を立てていたのが、だんだんと平気に。
でも、苦手なものは苦手である。

よく憶えているのは、蛍のこと。
テレビもないし、早寝ばかりしていた私達のところに、お向かいの家の方が蛍を持ってきてくださった。
蚊帳越しに見る小さな小さな光たち。
夢のなかにいるような気分で眠りについた。

海。
この家から九十九里海岸までは約3キロで、太陽にじりじり照らされながら歩いて海に向かった。
途中、ばててしまうのは犬のポチ。
仕方ない、アスファルトにいちばん近いのだから。
水を飲ませて、みんなで日陰で一休みしたのち、再び歩き出す。
着く直前はヘロヘロなのに、海が見えると小走りになる弟と私。

砂がじょりじょりして不快だったこと。
海の家のラーメンが美味しかったこと。
父が水着の下に何も履かないので(今だと、トランクスタイプの水着の中にはサポーターのようなものが既に付いていたり、サポーターを履いてから水着を履きますよね、おそらく)父が体育座りすると角度によってはチラッと見えてしまい、お父さん、足をそんなに広げないでとドキドキ。(「お父さん見えてるよ」と言うと父を傷つけそうで言えなかった。)


◇◇◇◇◇◇

私と夫が子ども達を連れて出かけたり、家族旅行するたび、母は

「小さいころ、あなたをあまり旅行に連れて行ってあげなかったわねぇ」

とやや後悔をにじませた口調で言うのだが、私は家に居ることが何より楽しかったし、この九十九里の家でのことがベストオブ夏の思い出だ。
これ以上は無いし、要らない。

こんな家族の夏休みを計画し実行した両親がすごいと思うし、心から感謝している。
私達を助けてくださった、お向かいの家のご家族にも。


父の漕ぐ自転車で二人乗りして、養豚場にブタの赤ちゃんたちを見に行ったこと。
お母さんブタのお乳を必死に飲む赤ちゃんブタたち。
養豚場という言葉が身体に突き刺さったまま、父の背中を見ていた帰り道。

孔雀を飼っている方がご近所にいて(孔雀って飼ってもいいのでしょうか?)「好きなだけ持って行っていい」というので、孔雀の羽を何本もいただいてきたこと。
九十九里のお土産は孔雀の羽。

朝採れたてのきゅうりと茄子とミョウガを刻んで混ぜて、お醤油をひとまわしかけると、とびっきり美味しいごはんのお供になること。
東京に帰ってきて同じようにやってみたけど、味がまったく違った。


父や母やおむかいのご家族がくれた夏の思い出は、40年以上経った今もなお、夏が訪れるたびに鮮明に浮かび上がってくる。

子ども達に、こんな思い出をつくってあげていないな、と思うことはあるのだが、彼らは彼らできっと、家族で過ごす夏休みを毎年楽しんでくれていると信じたい。

彼らが過ごす夏が、明るくありますように。


※見出し画像は「みんなのフォトギャラリー」よりカナエナカさんの作品「日本の夏ごっこ」をお借りしました。ありがとうございました。


◇◇◇◇◇◇

おふたりの記事を拝読し、子ども達の夏休みの終わりにどうしても書きたくなったnoteです。

くまさん新・寝た子を起こし太郎さん、ありがとうございました。













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