私の貧血のお話⑥
⑤の続きになります。
病院では、口頭での説明を受け、渡された書類を読み、同意書にサインをした。
家族の検査、治療、入院のたびにそうだったことを思い出した。
ベッドサイドの机に重なっていく用紙を見ると、今度は私にその番が来たと思い知らされる。
輸血は病室で、私はベッドで寝たままで行われた。
循環器内科の先生ふたり(そのうちひとりは昨日から診てくれている先生)と看護師さん。
みんな、若いなぁ。
この先生、昨晩救急でお会いした時からずっと仕事してる……
仮眠とれましたか?
朝ごはん食べました?
お休み、とれてます?
世話焼きおばちゃん脳内ボイスが発動している私の中に、誰かの血が入っていく。
「気分悪くなってないですか?」
「苦しくはないですか?」
3人が交互に聞いてくれ、はい、今のところ大丈夫です、と答える。
先生ふたりはその後退出され、看護師さんだけが残る。
「始めて15分間は付いていることになっていますので、ここにいますね」
やさしい。
それが輸血の手順というか、医療的なルールだと分かってはいても、心強い。
「手を、もう少しこういう風にしてもらえると落ちがいいです、はい、そうです」
分かりました。おばちゃん、もうこの手を動かしませんからね!
(まだ脳内ボイス発動中)
看護師さんも退出され、どうしようかな……とスマホに手を伸ばす。
「貧血」「ヘモグロビン」「輸血」
検索してみると、出てくる。
貧血の治療の一つとしても、輸血があるのだと知る。
11年前、出産直後に弛緩性出血を起こした時、その時は意識が薄らいでいっていたのだけれど、看護師さんや先生が懸命に処置してくださる声だけが聞こえて
「輸血の準備しといて!」
というのも聞こえた。
結果、しなくて済んだ。
そうか、今の状態はあの時よりも良くないのね……
あの時は30代だったしね………(なんとか30代)
無事に輸血は終了して、その日の午後、夫と次男が面会に来てくれた。
面会時間(患者との対面時間)が限られていて、家族のみ2人まで。
「2人までです、と面会受付で言われたんだけど、(長男)がオレは下で待ってるから(次男)にオマエ行ってこいって言ってさ。な、そうだったんだよな」
「お母さん、これ、(長男)がお母さんにお土産だって」
次男が渡してくれた麦茶のペットボトル。
ありがとう、(長男)にお母さんがありがとうって言ってたと伝えてくれる?
お母さんも後で(長男)にメールするね。
「メールに書いてあったものは持ってきたよ。
あと、ばぁばが明日来るって」
夫から荷物を受け取る。
「家のことは大丈夫だからさ。
明日の(次男)の抜歯前の検査も、会社休めるし、オレが行くから。な、お父さんと行こうな」
(次男は、総合病院の口腔外科での抜歯予定があった)
「うん、歯はお父さんと行くから、お母さん大丈夫だよ。ここに居て。
お父さん、病院の帰りにプロ野球チップスの第二弾の、買っていい?
ねぇ、お母さん、何食べた?病院のごはんって美味しい?」
家族の顔を見たら泣いてしまうかもと思ったが、涙は出なかった。
悲しくも寂しくもならなかった。
長男からの麦茶は、飲むのが勿体無く、とっておいてこの入院中の御守りにしようかと迷ったが、飲んだ。
その方がいい気がした。
飲んで、食べて、血をつくるのだ。
お母さんは今日輸血をして、今はこんな調子ですと長めのメールをしたら、翌日まで既読はつかず、返事はスタンプのみ。
ありがとう、誰かの血液。
ありがとう、家族。
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